第40回日本SF大会
未来国際会議:SF2001 レポート

大野万紀

モノリス大明神。いや、まだこの時点ではただのモノリスだったのだが……


 2001年8月18日(土)〜8月19日(日)の2日間、千葉は幕張メッセにて、第40回日本SF大会は開催された。今年の大会は名刺システムという趣向があって、はじめはまたしょーもないことをと思っていたのだが、これが実に秀逸なアイデアだったのだ。名刺の裏に一枚の絵を20等分した絵柄が印刷されており、60種類コンプリートすると、左の3種類の絵になるという趣向。これがSFファンのコレクター魂を刺激した。集めるには名刺交換しなければならない。そこで、会場のあちこちで見知らぬ者どうし、あるいは知り合いどうしでのコミュニケーションが繰り広げられた。
 水鏡子という人など、このシステムを理解したとたん、モードが切り替わるスイッチがぱちんと入り、3種類のコンプリートが第一目標に設定された。そして……最終的に、本当に3種類ともコンプリートしてしまったのは、りっぱといえるだろう。聞いたところだと、同じ絵柄でも表の名前によって役やレベルがあり、水鏡子のは、かなり高いレベルで集まったらしい。こういうのにはすぐ本気になるんだもんなあ。いや、まあ、あんまり真剣にとらないようにね。

 さて、会場は通常の企画が行われる国際会議場と、だだっぴろい展示ホールにわかれ、展示ホールはSF広場として、モノリスがあったり、ディーラーズルームや、畳を敷き詰めたスペース、カーペットを敷いたスペースなど、まるで地方コンの合宿所みたいな雰囲気があった。畳やカーペットのスペースは、昼間はそこで企画も行われていたが、夜は酒飲みたちのごろ寝場所と化していた。いやあ、こういう雰囲気は大好きだ。まさにSFごろごろだ。

SF広場の風景 宇宙人?

 会議場企画の方は、多くの企画が時間通りに並列に進められ、あれも見たいこれも見たいという人には(仕方がないとはいえ)ちょっと辛いところだった。
 初日、ぼくは昼一番の「宇宙SF作家パネル」で司会をするため、ゲスト控え室で出席する作家さんたちと挨拶。もちろん名刺交換。小川一水さんなど初対面の方も多いので、これは便利。さて、その「宇宙SF作家パネル」だが、宇宙作家クラブに属するSF作家を集めて、宇宙SFについてのお話をうかがうという企画だった。一応簡単なレジメは作っておいたが、出席者が多いので、面白いお話を引き出せたらそれでOKだろうと考えていた。出席者は、小川一水さん小林泰三さん笹本祐一さん庄司卓さん野尻抱介さん林譲治さんの六人。まずは各自の紹介と、宇宙作家クラブについてのお話を野尻さん、笹本さんに聞く。ここでさっそく笹本さんが突っ走り、ロケット打ち上げの話が延々と続く(めちゃ面白いから問題なし)。結論として、ロケットの打ち上げを見ると人生は変わる、そして作家の場合、打ち上げの音の描写が変わってしまうということだった。
 それから現場の生の声を聞くことで、現場の感覚や技術者の考え方がわかるとか、各自の作品への反映などについて興味深い話があったが、小林さんがSFMのインタビューでいっていた「計算をするのは当たり前でしょう」という話へ。実に、出席していた全員が、宇宙SFを書く上で、何らかの計算をやっていることが明らかになった。でもまあ考えてみれば当然かも知れない。いくら非現実的な超巨大宇宙戦艦(いや、超巨大宇宙戦艦が非現実的だといってるわけじゃないよ)を描いたとしても、いったんそれが全長何キロと描写されたとたん、それが一体どのように見えるのか視野角を計算して見るというのは当たり前のことだろう。林さんなど、計算してアイデアが成り立たないとわかったら、そのアイデアは捨ててしまうということだ。もったいないというべきか、当然の行為というべきか。林さんはいろんな公式をEXCELのシートにしているそうで(野尻さんはHPの関数電卓をご愛用とか)、モデルさえ作れる能力があるなら、計算そのものはいろんなツールがあって、そんなに難しくないのかも知れない。その後、林さんから計算のためによく使う本として「工学技術の公式」(技術評論社)と「法則・公式・定理雑学事典」(日本実業出版社)の2冊を紹介いただきました
 会場にはスペース・デブリの専門家の方もいらっしゃって、軌道エレベータはデブリ対策ができない限り実現は難しいといったお話をうかがうこともできた。まあ、最初のパネルということもあって、みなさんまだまだ本調子ではなかったかも知れないが、けっこう面白い話題が出たのではないかと思う。聞いていた人にはどうだったのだろうか。

 さて、ディーラーズを覗いて、海外SF同好会「アンサンブル」の会誌「Void Which Binds」の2号を入手したり(これは細井威男くんら新世代の海外SFファンたちの手による、英米主要SF賞の受賞作・候補作をひたすらレビューしたりっぱな本)、吾妻ひでおの個人誌「産直あづまマガジン」を入手したり、誰彼なく名刺交換したりしつつ、次に覗いた企画は「瀬名秀明のSFとのセカンドコンタクト」(写真左)。
 聞き手は野尻抱介、野田令子の両氏だが、SF観のぶつけ合いというよりは、瀬名さんのSF作家決別宣言を思いとどまらせようとする企画になったみたいで、でも瀬名さんの、SFを意識すると思うように書けないといった現状は、作家としての個人の問題だし、SFファンや批評家は一般読者と乖離している(近づくのが怖いやつらだと思われている)というのも、どこまで事実なのかはともかく、充分あり得ることだけに、討論としての歯切れは悪かった。しかし、瀬名さんがどのような意図をもって書いた小説であれ、読む側がそれをSFだと思えば、それはSFなのだ。個人にとってのSFと、集団幻想としてのSFは、その定義も論じるレベルも異なっている。瀬名秀明の真摯な態度はりっぱだし、ドラえもんをセクト主義から守りたい、そしてゲットーを脱して作家に作品を発表できる機会を増やしたいという考えも正しいと思う。でも、どこかインピーダンスがあっていないというか、方法論的な問題なのか、SFを愛するごく一般的な(といってもそこが大きな間違いなのかも知れないが)ファンにとって、その主張には違和感がありありなのだ。それはハードSFがどうとかいった問題ではなく、もっと根本的なものであり、一言でいってしまえばSFファンかそうでないかという身も蓋もない言い方にならざるを得ないのだが、それをきちんと言語化できないわれわれに、重大な問題があるのは間違いないところだろう。もちろんその試みは色々となされているのだが、難しいことをいわなくてもファン同士はすぐわかってしまうということの方が問題なのかな。このパネルでは瀬名さんがりっぱに製本されたぶあつい資料集を参加者に配っていた。こういうところは本当にすばらしいと思う。

 続いてその続編のような「トランスジャンル作家パネル」も覗く。こちらは大森望の司会で、瀬名秀明、高野史緒、小林泰三、津原泰水の諸氏によるパネル。ホラーやファンタジーなど、SF作家とは呼ばれない作家による(SF作家と呼ばれたい人もいたが)、ジャンル論となる予定だったらしい。でも、実際には、瀬名秀明をはげます会および、津原泰水の話を聞く会になってしまったようだ。いや、津原さんの話の面白いこと。そしてヤングアダルトの現場の意見の明確なこと。現実にあわせるところ、妥協しないところ、みなそれぞれ大人の作家としての意見を述べておられた。
 瀬名さんもどこかでふっきれる時がくるのだろう。そうすれば、自分の作品がSFファンにどう見られるかなんてつまらないことに悩む必要もなくなるだろう(いや、悩んだっていいのだが、それをわざわざSFファンに聞いたりなんてしないだろう)。
 高野さんの淡々としたしゃべりも面白かった。鋭い議論が飛び交うようなパネルではなかったが(大森望が司会だから当たり前か)、ふだん聞けないような作家の本音トークが聞けた気がして、大変面白いパネルだった。

 夜は夜中までタタミ広場とカーペット広場でたむろしていたのだが、さすがにこの年で徹夜はできず、ホテルに帰って寝る。ところが水鏡子は夜中の4時に起きだして、これから堺三保と対決するのだとSF広場へ出ていった。実にコンベンションモードの強いこと。
 その対決がどのようになったのかは知らないが、二日目は朝からクイズ大会へ。いつのまにか、でじこの人生ゲームやエヴァンゲリオンのフィギュアを手にしていた。水鏡子など、でじこの人生ゲームを2箱も。でも帰る時には消えていたので、誰かに押しつけたに違いない。

 二日目の最初の企画は「21世紀のSF翻訳」。ぼくはパネラーとして、嶋田洋一、内田昌之、中原尚哉、柳下毅一郎、山岸真、幹遙子、大森望(最後に遅れて登場)らの面々と壇上に。司会は高橋良平さん。それぞれ、学生時代は英語は得意だったかとか、どうして翻訳をはじめたのかとか、デビューしたきっかけはとか、用意された質問に答える形式ですすめていく。苦手な作家とか、自分で訳し直したい翻訳はとかいうのもあった。ぼくはここだけの話といって、何かとんでもなく恐ろしい発言をしてしまった気がする。もう忘れたことにしておこう。コンベンションモードにも恐ろしいものがあるなあ。後、日頃翻訳に使っているハード、ソフトとか、インターネットの利用についてとか、実用的な話もあったが、これって人によってずいぶん違うものねえ。

 二日目の最後の企画は、「にせハードSFのネタ教えます」を見る。毎年やっているいろもの物理学者さんが今年は出られないので、菊池誠がにせ・いろもの物理学者になって、SF的に面白そうなぶっとび論文(でも真面目なやつ)を紹介するという企画だ。聞き手は堺三保と林譲治さん、小林泰三さん。何か今回は小林さんと会う機会が多いなあ。例によって超光速の論文で始まったが、面白かったのはこの宇宙の中に、無限の多世界があり得るという話と、宇宙は熱的死を迎えず、数個くらいの銀河集団はばらばらにならずにずっと残るという、ちょっと心温まる説。そしてすごかったのが、カオティック・ストリング説という素粒子論の論文。カオスの計算により微細構造定数など20種類もの物理定数が自動的に算出されるというのもすごいが、これすなわちこの宇宙が、何者かの計算によって成り立っていることであるという解釈もすごい。つまり塵理論は実在したというのですね。まあ、何となくすごすぎてトートロジーが紛れ込んでいるような気もするけれど、今のところ本当かどうかもわからない、ひたすらすごい理論ということで、圧倒される。でも小林さんいわく、「わたしこれ小説で書いたところですよ。ずらっと並べたそろばんで計算するという塵理論の話」と落としてくれました。さすがは超ハードSFホラー作家です。

 エンディングはコンベンションホールで、2000人弱の参加者を集め、暗黒星雲賞ファンジン大賞、そして星雲賞とつづく。星雲賞海外部門では山岸真訳のイーガン「祈りの海」、内田昌之訳のソーヤー『フレームシフト』が受賞(左写真)。国内は菅浩江の『永遠の森 博物館惑星』と、ゆかりのある人の受賞がつづき、大変おめでたいことだった。武田連合会議議長は今年で議長を辞任し、後任は牧紀子さん。菅ちゃんがほろりとするシーンもあって、SF大会の歴史を感じる場面だった。

 ということで、2001年の大会も無事終了。来年は島根で合宿形式の地方大会。スタッフのみなさんには大変ごくろうさまでした。とてもいい大会だったと思います。SFファンで良かったなと思える時間を、どうもありがとうございました。


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