内 輪   第134回

大野万紀


 「サイボーグ009」のTVアニメが始まりました。これが昔のイメージをそのまま今に生かした雰囲気で、とってもいい感じです。日曜日の夕方はTHATTAの例会があるんで、ビデオにとって見ようと思います。ま、いつまで続くか不安もあるんだけど。

 文庫版の解説を書くことになって、神林長平『グッドラック 戦闘妖精・雪風』をまた読み返しています。今の世界情勢を考えながら読むと、色々と考えさせられるところがあります。いくら異常な事件を起こしてもテロリストは人間なのでジャムと比べることはできないでしょうが、普段はそういう異質さの存在すら忘れている地球の日常に、いきなりフェアリイ星の現実が持ち込まれたような、そんなショックがありました。アフガンの戦争の映像は、またそれが日常のレベルに引き戻されたように思えますが、本当にジャムがいるのはそんな所ではないのでしょう。ジャムはもう地球に侵入しているという言葉がありましたが、現実の世界でも、テレビやインターネットの情報が飛び交うネットワークの中にこそ、ジャムが潜んでいるように思えるのです。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『20世紀のSF(6)/1990年代』 中村融・山岸真編 (河出文庫)
 このシリーズも最終巻。この巻も傑作ぞろいである。いきなりバクスターの「軍用機」。暗い20世紀を象徴するような作品で、昨今の気分にぴったりかも知れない。ジェフリ・ランディス「日の下を歩いて」は50年代SFといっても通る設定をハードSF的でなく描いたハードSF。イーガン「しあわせの理由」は初訳だが、まだこんな傑作が残っていたかと思う。イーガンらしい知的な傑作だ。人間的感情というものが、決して感情だけではないということを理知的に描いている。ビッスン「平ら山を越えて」もこの作者らしい佳作。シモンズ「ケンタウルスの死」には先生が生徒に語る物語の中にあのシュライクも出てくる。結末はある意味でショッキング。イアン・マクドナルド「キリマンジャロへ」はマクドナルド流の諸星大二郎。どうしてみんな一体化したぐちょぐちょになってしまうのだろう。でも静かな迫力に満ちた作品。で、マコーリイの「遺伝子戦争」だが、これぞSFだよねえ。こんなに短くても、すばらしく印象的に大きな物語を語ってしまえるのだ。

『よろずお直し業』 草上仁 (徳間デュアル文庫)
 どこか異国を舞台にしたファンタジイだが、舞台設定は別に重要ではない。様々なものの時間を巻き戻すことによって、何でも直してしまう男が主人公の連作短編集。男はただ単に壊れたものを直すのではなく、そのものに関わる人々の心やつながりをも直すのだ。そういう、ハートウォーミングな、小さな日常にまつわる物語。ややあっさりしすぎという気もするが、軽く読めて温かい気持ちが残る。疲れた人にはお勧め。

『暗黒太陽の目覚め 上』 林譲治 (ハルキ文庫)
『暗黒太陽の目覚め 下』 林譲治 (ハルキ文庫)
 『侵略者の平和』から50年後、建設途上の宇宙都市オデッサに、那国芸者園の大女優がやってくる。そこへ「宇宙犯罪組織龍党」を名乗る艦隊の襲撃があるが、たくみに逃れた彼女たち。貨客船フェニックス、オデッサの代官所を巻き込んで、さらに今度は那国防衛軍、この世界の情報を独占する企業体マヤ設計局、そして宇宙犯罪組織龍党とがからむ、ややこしく混み合った陰謀が渦巻く。一方天文学者サンジェルマン博士は、恒星オデッサに異常を発見し……といったやたら複雑な設定があり、神に関する考察があり、登場人物たちもみんなどこか異常で個性爆発な連中ばかりという、なかなか面白そうな話ではあるのだが……。しかし正直いって、上巻の終わりまでは読み進めるのが苦痛だった。ストーリーはそっちのけで、ひたすらこの社会や制度、ハードやソフトに関する延々と続く解説。作者は未来の宇宙文明に関するノンフィクションを書きたかったのではないかと思ってしまった。それはそれで面白いのかもしれないが……。で、上巻の終わりごろになってようやくストーリーが見え始め、物語が動き始める。そうなると下巻は作者の饒舌もあまり気にならず読みすすめることができた。解説的な文章が小説の中に出てくるのが悪いとはいわない。昔のSFではよくあったし、それがかえって面白さを増していた場合もある。でも、ちょっと含有量が多すぎたんじゃないだろうか。

『天空の遺産』 L・M・ビジョルド (創元SF文庫)
 久々のマイルズもの。敵国セタガンダの皇太后の葬儀に参列したマイルズが宮廷の陰謀に巻き込まれる話。日本の平安時代をベースにしたというセタガンダ帝国の、女御、更衣あまたさぶらひたまふ後宮描写がなかなか面白い。ストーリーはミステリ・タッチで、例によって飽きさせず、面白く読めるのだが、でも、今回はマイルズの行動がいかにも危うく行き当たりばったりで、その理由が(おそらく)一目惚れの恋のためというのが、どうも納得いかんです。そんなヤツだったっけか?

『クラゲの海に浮かぶ舟』 北野勇作 (徳間デュアル文庫)
 94年の作品の文庫化。作者の小説は、様々な思い出のコラージュのように読める。懐かしい風景、そんなことがあったと思い出すような、小さな事々。ある年代以上の世代にとって、それは〈あのころ〉の空気や光や風の匂いも思い起こさせる、そんなささやかな描写に満ちている。でもSF。それも意識や夢や認知に関する、相当ハードなSFなのである。説明を省略したグレッグ・イーガンか。そして、夢は未来を予知するのかも知れない。95年の、液状化するポートアイランドを。小説としては欠点も多く、非常に不親切なのだが、何ともいえない味わいがある。

『黄金の幻影都市4』 タッド・ウィリアムズ (ハヤカワ文庫)
『黄金の幻影都市5』 タッド・ウィリアムズ (ハヤカワ文庫)
 5冊目にしてやっと第一巻完了。ああでも、完結ではない! 普通第一巻の終わりといえば、そこで一応の結末があると思うじゃないですか。ところが全然終わっていない。「つづく」のままだ。謎も伏線も危機もそのまま。ところどころに面白いところはあるのだが、これじゃとても楽しめたとはいえない。長い長い物語をゆっくり読みたい人だけにお勧め。


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