内 輪   第148回

大野万紀


 2002年もそろそろお終い。21世紀も3年目に入るわけですね。しかし、何だかきな臭い雰囲気が漂っています。次号が出る頃には戦争が始まるのでしょうか。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『地の果てから来た怪物』 マレー・ラインスター 創元SF文庫
 復刊フェアで復刊された作品。出たのは70年。書かれたのは59年。南極に近い陰鬱な絶海の孤島に設けられた中継基地。そこに見えない怪物が現れ、基地の人々を恐怖にたたき込む。というパニック・ホラーSF。まあ古典的な約束通りの話で、でも読ませる。怪物の正体はSF読みならすぐにわかってしまうが、それでも怖いものは怖いからね。登場人物が何度もいっているように、超自然的なものは何もなく、物理法則は曲げられない。だからSFホラーなのだ。お化けではなく、あくまでも怪物の物語。何度も何度も再話されるパターンの、未知の恐怖と戦う物語だ。しかし、昔の本は薄かったのだなあ。

『ロミオとロミオは永遠に』 恩田陸 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 SFMに連載中はぱらぱらと見ていただけなのだが、こんなに分厚い本になるのか。しかし、厚さのわりにすらすらと読める。はらはらどきどきがあるし、ストーリーも面白いからか。いってみれば荒唐無稽な話である。『クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲』ですか、これは。失われた20世紀を求める悲痛な物語。バブルな20世紀への大脱走。『クレヨンしんちゃん』と同じくらいあり得ない設定であるが、主人公たち、学生たちの描き方はリアルで、その閉塞感や絶望、そこから抜け出そうとする本気さは胸を打つものがある。バラエティ番組の悪趣味なパロディや、かなりくどい悪役の造形に辟易する向きもあるだろうが、読み応えのある作品である。

『ノルンの永い夢』 平谷美樹 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 これは力作だ。時間SFだが、時間旅行の話でもタイムパラドックスの話でもない。むしろグレッグ・イーガンな宇宙論SFといえる(まあ、イーガンほど数学的・科学的に徹底しているわけではないが、十分にその気にさせてくれる)。この前読んだ神林長平みたいなアイデアでもあり、つまり決してオリジナリティに溢れるというものではないのだが、特に後半の、時間線が入り乱れるところの描写はすごい。それまでのストーリー(それはそれで面白く、サスペンスがあっていいのだが)がどうでも良くなるくらいすごい。ここがぼくにはセンス・オブ・ワンダーがあって面白かったのだが、SF読みじゃない人には、せっかくの前半のナチスと日本人のからむミステリ風小説がこんなになってしまっていいのかと思うかも知れない。

『第二段階レンズマン』 E・E・スミス 創元SF文庫
 レンズマンシリーズも大詰めである。面白かった、と素直に書けばいいのだが、この年になると、さすがに中学生の心では読めないものだなあ。もちろん面白かったのだ。でも現在の国際情勢があるでしょう。善悪は必ずしも絶対的ではないが、敵味方は(あるステージにおいては)絶対的なもので、敵は殲滅すべきもの、という考え方は、小説内ではストレートに了解可能ではあるのだが、ふと現実に戻ると怖いよねえ。兵隊さんはそれでいいんだろうけれど。それはともかく、今時の小説では考えられないテンポと、都合のいい展開。ちょっと不審を抱くと、本当にそれでいいのか、となってしまう(特に敵地潜入の場面など)が、不審を抱く暇などないから問題なし。ストーリー駆動型というか、会話やキャラクターや描写でひっぱるのではなく、物語で引っ張っていくというのはやはり一昔前の小説だ。どっちがいいというのではないが、これだけ字が詰まっているのにぐんぐん読めるのはさすがだ。

『七王国の玉座』 ジョージ・R・R・マーティン 早川書房
 大作ファンタジー。分厚い二段組みの上下巻だが、これが面白くて、読み始めるとどんどん進む。登場人物が多く、主要な登場人物ごとに短い章が交互に展開するので、初めのうちはわかりにくいが、そのうちキャラクターとして誰にポイントがあるかが見えてきて、がぜん面白くなる。とはいえ、〈氷と炎の歌〉シリーズの第一作としてはファンタジーの要素よりも架空歴史小説の要素が中心で、中世のお家騒動と封建貴族の闘いが描かれている。日本の戦国時代の物語といっても通じそうな、おなじみな物語だ。でもところどころにおやっと思える要素があり、それが次第にエスカレートしてくる。といっても『七王国の玉座』ではまだ全開にはならない。この後の展開がとても楽しみだ。本作でクライマックスとなっている大スペクタクルの戦争シーンも、きっと全体の中では小さなエピソードにすぎないのだろうと思わせる。大狼の活躍も嬉しいし、特に何人かの個性豊かなキャラクターの活躍に目が離せない。

『神様のパズル』 機本伸司 角川春樹事務所
 第三回小松左京賞受賞作。これはいい話だ。実に本当に宇宙を作る話なのだが、それがいい感じの学園小説と溶け合っている。もちろん天才少女がすごく魅力的に描かれているのがいいが、大学の物理学科のゼミがそれらしい雰囲気で描かれているのもいい。そして田植えや稲刈りもあるし、巨大なシンクロトロン施設と日本の田舎が同居している風景もいい。宇宙はなぜ生まれたかとか、われわれはどこから来てどこへ行くのかといった、いかにも小松左京なストレートなテーマを、あまりSFらしくなく扱っているのも、かえって面白い。主人公の科学に対する態度や主張にも大いに共感できる。もっとも物理学科の4年生が強い力も知らないようでどうするのとか思っちゃうけどね。あまりSFらしくないといったが、それは科学的な飛躍が少なく、物理学科の学生が友だちとの雑談レベルで面白がって話すような内容が素直に書かれているからだ。作者経歴を見ると、おお、北野勇作の先輩ではないか。ぼくのご近所の町に在住だし、親しみがわく。作中の宇宙論についていえば、現代の新しい物理知識がよくまとまっていると思うし、なかなかもっともらしく読める。とはいえ、これに何か科学的に面白そうなアイデアがあるとかいうレベルではなく、そこはイーガンとは違うところだ。イーガンなら本当の本当に宇宙を作ってしまうところが、本書ではシミュレーションとの区別があいまいなままである。SFとしては徹底していないのだけれど、でも宇宙論みたいなものと日常的な人間の営みとの接点を人間の側から描いた小説として、とても共感をもって読むことができた。


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