内 輪   第160回

大野万紀


 フセインがつかまり、自衛隊のイラク派兵が決まり、将来の大増税が見えてきたり、その一方で南極観測船に予算がつかなかったり、あいかわらず不安感のつのる年末です。来年が良い年でありますように、と毎年祈ってはいるのですが、景気もまだまだぱっとしないし、身の回りでもそれなりの年齢になってしまって色んなことが起こり、先のことばかりが気になります。
 SFはそんな日常を見据えた上で、来年や再来年でなくずっと先の未来に思いを馳せるものだと考えているのですが、『サウンドトラック』のように、ほんの数年後に想像を絶する異世界を見てしまう作品もあり、ごく近い将来に「激変」を期待してしまう危険な自分もいるというわけです。本当の世紀末にはそれほど感じなかったのになあ。今頃になって世紀末な気分というやつでしょうか。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『エクスプローリング・ザ・マトリックス』 カレン・ヘイバー編 小学館プロダクション
 映画『マトリックス』(初回のやつ)に関するSF作家たちのエッセイ集。『マトリックス』はDVDで見たが、映画館では見ていないのだ。正直なところ、映像表現はすごくかっこ良かったし、面白かったが、ストーリーはつまらない感じがして、何度も見ようとは思わない類だった。本書では、そのストーリーの裏側を深読みするもの、アイデアについて議論するもの、映画としての楽しみを語るもの、SF小説との関連をひたすら挙げていくもの、背後にある思想性を批判するものなど、様々なエッセイが、ブルース・スターリング、パット・キャディガン、スティーヴン・バクスター、イアン・ワトスン、ジョン・シャーリー、ジョー・ホールドマン、デヴィッド・ブリン、マイク・レズニック、ウォルター・ジョン・ウィリアムスといった有名作家によって書かれている。肯定的なもの批判的なもの、ほとんど映画と無関係なものなど様々だが、何がいいたいのかよくわからないものから、とても熱く共感にあふれるものまで質も色々だ。バクスターのエッセイは山本弘の作品にもつながるものだし、まっとうな映画評論となっているウィリアムス、それからブリン、フォスターなどのエッセイが面白かった。

『星の綿毛』 藤田雅矢 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 どことも知れぬ砂漠の世界に、〈ハハ〉と呼ばれる巨大な機械が移動しながら土を耕し、その背後に緑地が生まれ、人間を含む様々な生物を育み、やがて枯れて砂漠に戻っていく。そういう〈ハハ〉を先頭とする流れの中に〈ムラ〉がある。一方では植物でできた〈トシ〉があり、砂漠を越えて〈ムラ〉と〈トシ〉を結ぶ交易人と呼ばれる人々もいる。そういう世界の物語。とにかくこの世界がすばらしい。植物の生態がしっかりと描かれ、エキゾチックな環境が(確かにオールディスやプリーストを思い起こさせるが)その空気や匂いまでも感じさせられるように描かれている。作者が描きたかったのはこの世界そのものなのだろうと思われる。ストーリーは淡々としており、世界の描き方に比べて弱いといわざるを得ない。結末に向けて世界自体が大きく変化していくわけだが、それと登場人物との関係がもう一つよくわからない。ある結論はほのめかされているが、物語とうまく結びついていないように思う。いっそ、もっとシンプルにして、この世界での人々の日常をひたすら描くのでも(目新しさはないかも知れないが)、読み応えのある傑作となったのではないだろうか。

『導きの星 IV 出会いの銀河』 小川一水 ハルキ文庫
 完結編。リスに似た異星人の文明を見守り育てる地球の監察官の物語、だったのだが、3巻目あたりから本格宇宙SFへと発展し、本書でさらに大きくはじけた。起承転結ですね。正直、1巻2巻は面白かったけれど架空歴史ものの色合いが濃く、「地球人が異星人の星へいって、現地のライト兄弟の原始的な飛行機をこっそり改良して悦に入るというもの」(作者あとがきより)に近かった。それはそれでいいと思うのだが、オセアノの歴史が近代から現代、そして未来に移り、すると一惑星だけの物語ではなくなって、ついに全銀河系を視野に収める大きな大きな物語になった。よろしいですなあ。これぞSFの醍醐味というやつです。すごく新鮮というわけではないが、未来へ目を向けて浮き浮きとする気分、それがとてもいい。

『夜更けのエントロピー』 ダン・シモンズ 河出書房新社
 奇想コレクションの一冊で、日本オリジナル編集の短編集。蘇った死者、ゾンビ、ベトナム戦争、吸血鬼、交通事故、保険屋、教師、そして超能力少女。SFマガジンにも載った「ケリー・ダールを探して」と「最後のクラス写真」がやっぱり圧巻だ。それと「ドラキュラの子供たち」。『ハイペリオン』みたいなSFとはずいぶん方向性が違うけれど、こちらのダン・シモンズも好きだ。苦いユーモアとほのかなセンチメンタリズム。表紙のずいぶんと可愛い少女はもしかしてケリー・ダール?

『シャドウ・オブ・ヘゲモン(上下)』 オースン・スコット・カード ハヤカワ文庫
 バガー戦役の後、地球に戻ったバトルスクールの子供たちの物語。『エンダーズ・シャドウ』の続編というか姉妹編というのか。もっとも本書はこれで完結ではなく、さらに続編へと続く。本書では悪役アシルがまた登場し、アルメニアから、ロシアやインド、さらにタイといった地球上の国々を舞台に戦争を始める。ペトラとビーン、そしてピーターが主要人物となる。相変わらず物語はとても面白く、ぐいぐいと読ませる力がある。けれども、ちょっとストーリーから目を離すと、天才少年たちはいいとして、大人たちのバカさかげんが目立ち、この戦争も、ピーターの役割も無理がありすぎるように思える。ペトラ、ビーン、アシルの物語として読めばとても面白いんだけどね。


THATTA 188号へ戻る

トップページへ戻る