続・サンタロガ・バリア  (第36回)
津田文夫


 1月26日から2泊3日で東京出張してきた。いつものことでサントリーホールの演目をチェックすると、なんとジャン・フルネ/東京都交響楽団と小林研一郎/日フィルと連続して居るではないか。 サントリーホール2晩通いか、初めてだなあ、などと楽しみにしていたら、26日は新大阪中途下車しての仕事が長引き、品川に着いたのが午後7時。さすがにサントリーホールに行く気が失せた。結局27日のコバケンのマーラー1番が聴けただけだった。昨年はコバケンのブルックナー7番を聴いたけれど、今回は前回以上に熱がこもっていたなあ。伊藤恵がソロのシューマンのピアノ・コンチェルトは、最近伊藤が引っ張りだこなのがよく分かる演奏。パワーがあるなあ。
 ところで26日のジャン・フルネの演奏会は、倉阪鬼一郎の日記を見ていたら指揮者急病で、なんと指揮者なしでオケが当初のプログラムであるデュカスの交響曲をやったらしい。うーむ、間に合っていたら倉阪鬼一郎とすれ違っていたのか。で、『CDジャーナル』3月号のクラシック・コラムにこの指揮者なしの演奏会が取り上げられていて、かなりの演奏であったことが報告されていた。残念。

 仕事が終わって東京駅に向かう途中に神田で1時間足らず本屋まわり。書泉ブックマートに行ったら、新書版ミステリコーナーに何故か海猫沢めろん『左巻キ式ラストリゾート』が平積みに。ヒモ掛け18禁注意書きなのが笑わせる。『ライトノベル☆めった斬り!』で大森望が言及した`世界系`エロゲー・ノヴェライズ。小口のNO FUTUREにつられて読む気がわいた。個別のストーリーもエロも挿し絵もイマイチだったが、大枠では作品世界が畳まれていくような感覚があるのがいい。

 有村とおる『暗黒の城 ダーク・キャッスル』は小松左京賞受賞ということで、毎回持ち味の違う受賞作が出るのがいいところ。歴代最高齢受賞者というほどの感じはなく、青年を主人公にゲーム開発競争を枕にして、オーソドックスなSF陰謀劇が展開する。題材や登場人物の扱いに成熟した視点を感じさせるけれども、楽しませてもらったわりには無い物ねだりしたくなる作品だ。

 有川浩『空の中』は奥さん/息子どもにやったので、評価を尋いたら、まあちょっととの返事。読んでみると、なんとまあ端正清廉な文章なんでしょうと驚く。少年/少女・青年/女性パイロットともにとても透明な世界が展開されていて、ある意味うらやましいが、ちょっとついていけない。このキレイな世界は好きだけれど、そこにいることはできないからなあ。

 平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』は日本ファンタジー大賞受賞作。期待に違わず、タイトルからは予想もできない物語の展開に、どこへ連れて行かれるのか全く分からないスリルに興奮させられる。視点人物または語り手の視野にこそ世界の謎が立ち上がる、というのは現在最もリアルな小説の典型なのだろう。終章にたどり着くとファンタジー小説としての通例になってくるので安心/落胆するが、そこに到るまでは傑作のレベルをクリアしていた。

 佐藤哲也『サラミス』。昨年の『熱帯』は最高におもしろい一冊だった。怜悧にキレまくる佐藤亜紀に対して全く不透明な作品を作り出す佐藤哲也。いいコンビだなあ。この『サラミス』も実に不透明きわまりない。この空回りする世界は我々の住んでいる現実そのもののような気がする。有川浩が透明な美しい世界を作っているとして、有村とおるは大人の視点で書くどちらかといえば透明なSF、平山瑞穂は不透明であることを自らに課して最後でちょっとハズした。佐藤哲也は最初から不透明なままだ。人を食った話なので、食われたのかもしれないな。

 リン・カーター『ファンタジーの歴史 空想世界』は懐かしい。《バランタイン・アダルト・ファンタジー》は、30年前に表紙の美しさに魅せられて何冊か買ったけど、読んだことはなかったなあ。これを読むと、やっぱりリン・カーターはオタクなのだった。何の格調もないけれど、取っつきがとてもいい。ファンタジーの歴史も作り方もいくらでもツッコミが入りそうだが、まあいいじゃないか、この人は「ファン」なんだから。

 佐藤友哉『鏡姉妹の飛ぶ教室 〈鏡家サーガ〉例外編』は、『ファウスト』の連載ではいまいちな感じの佐藤友哉を見直させる一編。ウェブで公開されてから1年後の出版なので、現在の佐藤友哉を反映しているかどうか知らないが、〈鏡家サーガ〉を書いてる佐藤友哉は好きだなあ。今回は地震で沈んだ中学校校舎を舞台に「ポセイドン・アドベンチャー」だ。ただし、死体ゴロゴロ、スプラッターな舞台セットだが。でも、舞台はそうなんだけど、登場人物は全員最後までお互いに死んでて当然なことをしながら生き残る。まあ、最後の1行で水死体になっているヤツもいるけどね。字で描いたマンガです。

 昨年の読み残しの一つが北野勇作『人面町四丁目』。北野節全開。20ページほどの短編を積み重ねて、『かめくん』以来(以前もあるか)の北野ワールドが繰り広げられる。角川ホラー文庫がこの作品に相応しい舞台かというのが疑問として湧いてくるほど見事な幻想SF。とはいえホラー文庫なんていうところで発表してしまうところが北野勇作らしいのか。こんなにコンパクトでこんなに広い世界を感じさせる作品も珍しい。


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