内 輪   第174回

大野万紀


 東京でのプロジェクトも一段落して、やっと単身赴任状態も終わり、大阪に戻って来ることになりました。ほっと一息です。
 連休を利用して、PCをレベルアップ。マザーボードをI845EからI865Gに変え、CPUをP4の1.8Gから3.2Gにアップしました。これくらい変えると、体感的にも性能が上がった感じがします。今の最新ならマザーは915で、CPUはプレスコットの775なんだろうけど、将来性がちょっと怪しかったりして、一つ前の定番を中古でそろえました。ノースウッドの方が発熱も少ないし。3Dゲームはしないから、グラフィックは内蔵で充分。しかし、これもまたオタクな文章だなあ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『蝿の女』 牧野修 光文社文庫
 短い長編。途中までいかにもホラーな感じで話が進むが、蝿の女(ベルゼブル)を召喚してから、いきなりポップでコミカルな調子になる。救世主は悪者で、悪魔が味方という倒錯があり、聖書の言葉がおぞましい文脈で使われるなど、キリスト教への悪意さえ感じられる。ま、それほど深刻な話ではないが。そうだよなあ、復活っていうと、やっぱりゾンビ化するんだろうなあ。基本的には復活した死者、つまりゾンビとの戦いということになり、画面的にはゾンビ映画のそれである。蝿の女は何しろ悪魔なんだから、もっとすごい活躍をしてくれるかと思ったら、すごいことはすごいのだけど、こんな程度ですか。やはりもう少し書き込みがあった方が良かったんだろうな。

『ミナミノミナミノ』 秋山瑞人 電撃文庫
 秋山瑞人の新刊は、ライトノベルというより、まさに昔懐かしいジュブナイルという感じで話が進む。夏休み、沖縄あたりと思われる南の離島へ一人旅をさせられる中学三年生の少年。純朴そうな島の人たちや子供たちとのふれあい。時おり奇妙なことは起こるけれど、エロもグロもスプラッターも血みどろホラーも戦争もメカを乗り回す天才美少女もなく、ごく普通の、日常的で等身大の少年少女の夏の日々が語られる。でもそれですむはずはないんだな。最後のとんでもないワンダーへ向けて…でもこれって、SF読みなら当然そうなるはずと予想できるもので、それが今出るか今出るかとわくわくしながら読んでいくと思うのだが…その時、ありふれた愛すべき日常がふいに位相を変える。それはやはり思ったとおりのパターンではあるのだが、でも嬉しくなるじゃないですか。当然続刊へと続くわけだろうが、本当は続かなくてここで終わりでもかまわないのだ。パターンとしては連作短編に向いたテーマなので、ストレートな続編じゃなくてもいっこうに問題ない。でも、やっぱり彼女がどうなったのか、彼はどうするのか、そういうカレカノのレベルでの続きは読みたいわけで、結局早く次の巻が出て欲しいという結論なのでした。

『古代文明の謎はどこまで解けたか I 失われた世界と驚異の建築物・篇』 ピーター・ジェイムズ&ニック・ソープ 太田出版
 よくあるトンデモ批判本とは違い、ただ批判したり揶揄したりするだけではなく、そういうことがあったとしたら、どういう解釈が可能かというところまで突っ込んで考察している本。ということでずいぶん評判になっている。1巻目(本来は1冊の本だが大部なので3冊に分けたとのこと)は、アトランティスやポールシフト、オリオンミステリーやイースター島のモアイの謎など、おなじみのものが俎上に乗っている。何か地球外の原因(彗星や隕石)に甘いような気もするけど、そもそも色々な古代史の謎がカタログ化されていて、それがすこぶる面白い。昔の少年雑誌の特集記事みたい。

『四畳半神話体系』 森見登美彦 太田出版
 日本ファンタジーノベル大賞の『太陽の塔』の続編(じゃありません)。京都の下宿の四畳半に暮らす痛い大学生の自虐的青春小説。でもSF(ディッシュみたい)であり、一種ゲーム小説であり、なにより大学でぬるくてもそれなりにサークル生活を送った経験のある人間には、「あるある」とうなずいてしまう、狭いけれども奥深い、まさに四畳半世界の神話的小説なのである。だって、登場人物がみんな、あいつやあいつやあいつにそっくりだ、と思いませんか。ケータイもインターネットも出てこないのに、現代の学生生活であり、かついつの時代でも同じ学生生活なのだろうと「わかって」しまうところが怖い。ちょっと女性陣を美化しすぎかな。でも学生のころなんて、こんなものだったかもな。

『夜のピクニック』 恩田陸 新潮社
 いい本を読んだという読後感が残る。さわやかな傑作。SFでも何でもない、青春の1ページを描いた小説だ。とある地方の進学校の学校行事「歩行祭」。一昼夜をかけて学校の生徒全員が80キロを歩き通すという、ありそうでなさそうな行事。記録を目指すものは別にして、たいていは仲のいい友だちとだべりながらうだうだと歩いていくという、しんどそうな、楽しそうな、昔テレビでやってた「夜はくねくね」なんてのを思い出したりして。いや、昼間に半日ほど歩くのはうちの高校でもやってましたけどね。本書はちょっとした秘密(でも大したことじゃない)をもつ同級生の貴子と融をめぐる、気持ちのいい友だちたちとの、そんな一昼夜の物語。ただ歩いていくだけなので、そんなに物語というほどの出来事は起こらず、ひたすら足の疲れと会話と、高校生たちの思いとが浮かんでは消える、そういう小説だ。『四畳半神話体系』の大学生たちの停止したような時間とは明らかに違う、高校生のあのほんの一瞬だけに凝縮される神話的な共時性。

『パンドラ』(上) (下)  谷甲州 早川書房
 やっと読み終えた分厚い上下巻。ヒマラヤを越えていくチョウゲンボウ(ハヤブサの仲間)の異変から始まり、東南アジアのジャングルで人を襲う鹿にまたがった大猿へと続く動物たちの異常な行動。さらに流星により破壊される宇宙ステーション、オーストラリア近海での海洋異常、そして動物や人間に取り憑いて支配する謎の寄生生物の存在。やがてそれらが、地球に接近した彗星パンドラの、地球環境を改変しようとする意志のあらわれであることがわかる。未知の異星生物により、人類の生存が脅かされているのだ。すなわち、ファーストコンタクト・テーマである。こうして、人間的なコミュニケーションが不可能な相手との困難な闘いが始まる。前半は地上で、後半は宇宙空間で物語は展開するが、異星人との宇宙戦争というような派手さは全くない。恐ろしくリアルでしんどい、地味な、しかし壮絶な闘いがじっくりと描かれる。宇宙での戦闘も、ほとんどは人間どうしの、国家間の戦いとなる。人類が滅亡するかどうかという話なのに、国家間のエゴは最後まで優先するのだ。ジャングルでの戦いも、宇宙空間での戦いも、そのリアルな描き方はまさに作者ならではのものである。ただし、この長大な物語を引っ張っていくのに、本書の主人公はとても魅力的とはいえず、その他の登場人物との関係もあまりにも淡々としていて、そこが読み進めるのに時間がかかった所以でもある。ちょっとしんどい傑作だった。


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