続・サンタロガ・バリア  (第42回)
津田文夫


 学生じゃないんだから8月が終わったところで何ということもないんだが、それなりに侘びしさを感じるのは、週末にプールに行けなくなるからか。湧き水使用の冷たい50メートル8コースの野外プールは、昭和26年の国体に合わせてオープンした当時国際規格の代物。さすがに築56年ではほとんど余所の人がくることはなく、25メートル練習用や幼児向けプールが親子連れで賑わうだけ。飛び込み競技用のプールは水が抜かれて久しい。そういや、映画「海猿」の海中シーンの撮影に使われていたっけ。だいたい11時過ぎに行くんだが、3〜4人のオヤジが黙々と泳いでいる。間違ってもハイレグやビキニのおねーさんがいたりしないのだ。オバさんもいないのは不思議だが。
 もともとプールに行くようになったのは、恒例の海水浴で沖のテトラポッドまで泳げるようにしておきたいと思っていたからなのだが、今回行ったらなんと砂が入れられて遠浅になっていたよ。中間点の浮きロープの付近は2メートルぐらいあるけれど、そこを越えると歩けてしまうんだね。調子に乗って何回も往復していたら後でえらい疲れた。

 夏はクラシックの枯れ時なんだけれど、なぜかオケを3回聴いてしまった。といっても本格的なのは広島交響楽団だけで、あとはセミプロとアマ。秋山和慶が振ったシベリウスの5番が良かった。CDではあまりピンとこなかったけれど良い曲です。アマがやった「ボレロ」でトロンボーンのソロが途切れた。トロンボーンで高い音をキープするのは難しいらしい。15分間同じパターンで小太鼓をたたき続けるのも大変そうだ。もっともこの女性パーカッションは淡々とキープしてましたけど。

 前回書くのを忘れていたんだが、7月に「宇宙戦争」「スターウォーズEp3」を見にいったんだった。いまさら書く感想もないのだけれど、「宇宙戦争」に対するブログなんかの感想を見ていると、原作とかリメイクとか抜きに映画だけに反応する人間も多い。ま、金払って見てるんだから、目の前に映し出されている映像だけで判断したっていいんだけれど。あー、スピルバーグはそんなにも「お家が一番」に取り憑かれているのかという感想が湧いたんだっけ。「スターウォーズEp3」はチャンバラが長いのが難だけど興味津々で見ることができた。

 何ヶ月か遅れで読む『ファウスト』第5号上遠野浩平特集だが、この作家も初めて読む。「アウトランドスの戀」と「ポルシェ式ヤークト・ティーガー」は連作、というかひとつながりの話。はじめの方の題はポリスのアルバムのタイトルから。だからどうということも無いけれど。話は人間兵器少女に一目惚れして結婚した男と男を守ろうとする兵器少女の物語。悪くない。しかし、一番頭に残るのは、言語の指示機能をシュールレアリスム的に使用することは、ライトノベル的発想において日常的に行われ、その効果も当たり前に了解されているのだなあ、とういうことだった。手術台からは勿論、『虚航船団』からも遠く離れてこんなところで自在なスタイルとして定着している言語のシュールレアリスム的用法。上遠野浩平はこれで売れているのか。
 佐藤友哉小特集は鏡家サーガの妹役佐奈に1編と那緒美に2編を割り当てて紹介。どれも短すぎて不満だが仕様がない。文章を読ませるという意味では上手くなっているんだろうが、これらからでは佐藤友哉の現在は分からない。
 西尾維新「新本格魔法少女りすか 鍵となる存在!!」はキズタカくんがビンゴで敵と対決する話。あいかわらずりすかの出番がない。おまけに危機が迫ったところで以下次号である。
 浦賀和宏「あなたとここにいるということ」は前号の短編のヒロインの妹が主人公。読んでて楽しくはないが、前作よりはいい出来。姉への手紙はやや疑問。
 800ページ近くあるのに小説は全体の半分あるかどうかである。小説以外で印象に残ったのは舞城王太郎の漫画。空から新しい自分が落ちてきてそれを自分自身で迎撃する話。漫画としても物語としてもヘン。

 前回ほっぽらかしたソウヤー『ヒューマン』。ほっぽらかして当然な話だったなあ。読みやすいのは相変わらずでいいんだが、中身はどうでもいい話が多い。1巻目のワザとらしいレイプ事件でここまで引っ張るかなあ。SF的なアイデアのおもしろさとかでもう少し引っ張っていって欲しいよ。まあ3巻目も読むけど。期待ナシ。

 海水浴の行き帰りに読んだのが新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』。高校生の夏休みということだが、あまり最新のライトノベルという感じがないので、パラパラとページがめくれる。うれしはずかしな1巻目、そう持ってくるかの2巻目でなかなかのもてなしの良さだ。個人的に感心したのは所々挿し込まれた辺里市の歴史地図。本業から見ると、コレを先史時代から現代まで作れる土地って由緒あるところなんだよ。海辺の新興都市では難しい。ここでは内陸の市ということになってるのである程度行けてるのかな。どこのを参考にしたんだろ。

 『バーストゾーン』がなかなか良かったので、吉村萬壱『クチュクチュバーン』を読む。表題作ほか2編の中短編集。物語を進めるパワーに乏しいけれども強迫的な人体描写は結構読ませる。SF的論理抜きの筒井康隆といってもいいかな。残念ながら各編とも描写スタイルにあまり違いがないので作品の印象がごちゃ混ぜになってしまう。

 息子にやろうと思って買った仁木稔『スピードグラファー1』に目を通す。なんだこりゃ。えらく小説の魅力に乏しい。なんでこんなものを仁木に書かせるのかね。仁木の方が手を挙げたのかもしれないが、オリジナルを書いていた方が良かったと思う。

 『ハイドゥナン』にいこうと思ったら奥泉光『モーダルな事象−桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』が目についたのでこちらから読んでしまう。『鳥類学者のファンタジア』のフォギーが端役で登場。ほんのちょっとだけどフィナボッチも出てくる。全体としては京極堂の世界に近いけれども、現代小説としての仕掛けも多くて巻末の解説や著者インタビューが素直に読めないというイヤラシサ。500ページがどんどん読めるというところも京極堂並だが、桑潟助教授の運命にミステリをうっちゃる気概を感じる。今年のベストのひとつ。

 藤崎慎吾『ハイドゥナン』はJコレクションとしては異例の長さ。これだけの長さを使って作者はゆっくりと事を運んでいくのだけれど、クライマックスはそれでもはしってしまう感じが残った。21世紀の『日本沈没』といえばその通りな話だが、沖縄/与那国島中心の話なので『日本沈没』のような東京が京都がといった感覚とはだいぶ違う。感動的なSF大作であるし、事実読みながら、おおそうくるかとうれし泣きもした。ただ残念な点も多い。まず主人公の二人が最後まで強い印象を残してくれない。政府や官僚が30年前と相変わらず役立たずの書き割りになってしまっている。有縁の人物にしか描写を割けないのは仕方がないにしてももう少し外界の様子が分かるようにして欲しかった。などなど色々不満が出てくる。が、今年一番のプロパーSFであることに間違いはない。


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