続・サンタロガ・バリア  (第43回)
津田文夫


 ようやく涼しくなってきたけど、まだ半袖。そういや愛知万博が終わったが、うちの息子どもは3日前に行ったらしい、アホやな。

 東芝が結構面白いラインナップでロックの廉価版を出しているので、ここ10年くらいのヤツでジャケットが印象に残っているものをいくつか買ってみた。レコード評雑誌はずっと読んでいてジャケットとか覚えていても、新しいのはほとんど聴かない。フィッシュやドリームシアターやレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンなど1、2枚は買ってみるのだが、次が聴きたいというほどではないんだなあ。で、記憶に頼ってジャケ買いしたのが、ザ・ヴァーヴ「アーバン・ヒムス」、「ベン・フォールズ・ファイブ」、ベン・ハーパー1作目、マッシヴ・アタック「メザニーン」といったところ。ザ・バンドのセカンドも買ったけれど、コレは別格。あと廉価版ではないが、ジャケ買いでシステム・オブ・ア・ダウン「メズマライズ」とセヴン&ザ・サンのデビュー作も。
 35年以上聴いてきて自分の好みが那辺にあるかは分かっていても、時々−新しい刺激があるかも−と思ってしまうところにまだ若さの残滓があるんだろうな。
 やっぱりイギリスが好き、プログレが好き、ということでマッシヴ・アタックが一番のお気に入り。「プロテクション」も買いました。キング・クリムゾンがずっとイギリスにいたらこんな風になっていたかも。ザ・ヴァーヴも悪くない。でも何故にストーンズ。
 その他のアメリカン・サウンドは良くできていることは分かるんだけど何か抜けてるんだなあ。「メズマライズ」もつまるところレイジと同じ程度の関心しか持てない。青空が見えるサウンドは性に合わないらしい。

 小川一水『老ヴォールの惑星』は、ハヤカワでのこれまでの長編2作よりもずっと楽しく読める短編集。頭の中で理想化された50年代アメリカSFに近いかなあ、でも草上仁とは違うよなあ、などと思いながら読んだ。ただ結末へのもって行き方はいかにも小川一水らしくややいい人過ぎる。もうちょっとヒネていてもいいんだがねえ。表題作と「漂った男」が好きな話だ。

 『老ヴォールの惑星』の下に積んであったので、あっこんなのも読んでたんだっけとまったく忘れていた元長柾木『飛鳥井全死は間違えない』。『ファウスト』に載ったやつは読んだけれど、マガジンに載ったのは読んでない。『ファウスト』掲載の作品は悪くなかったように思う。が、『飛鳥井全死は間違えない』は再度ページをパラパラするまで全然ストーリーが思い出せなかった。思い出してみるとこれは西尾維新の「新本格魔法少女りすか」なんかと同じで能力を定義されたキャラが物語を進行させる連作中編集といえる。ジャケットからは海猫沢めろんみたいなのを期待していたように思うが、キャラの使い方が西尾維新に近いんじゃなかろうか。飛鳥井全死が車椅子で出てくる続編はないと思う。

 牧野修に次いでハヤカワSFシリーズJコレで2作目の北野勇作『空獏』。『どーなつ』よりも戦場が近くて硝煙臭さの強い作品集。タイトルからして「空爆」をダブらせているもんな。これまでの北野作品よりもちょっと焦燥感が強く感じられる。『人面町四丁目』のような幻想味とは違って、読んでいる間ずうーっと不安定感が持続する。作者がそういう意図で執筆したと書いているのでそれは成功しているということなんだが、『人面町四丁目』みたいに読んでてありがたみがあるようなのとは違い、いい作品だなあ、などというのほほんとした感想は湧いてこない。

 で、瀬名秀明の『デカルトの密室』へ。うーん、取っつきが悪い。大森望はリーダビリティ抜群だと書いていたけれど、これのどこが読みやすいのかねぇ。問題はこの一人称だよな。ぜんぜん安心して読めないぞ。ということで途中で京極夏彦『文庫版百器徒然袋◎雨』に逃避。作者自ら書いたファン・ノベル。ほとんど落語か漫才の世界(落語と漫才じゃ大分違うような気もするが)。話に大して重しが付いていない分、キャラ達も軽い軽い。ページターナーとしては相変わらず世界最速。700ページあまりがあっという間に終わってしまう。まあ、こんな小説ばっかり読んでいたいかとなると首を傾げるが、たまに読むと嬉しいよ。

 『デカルトの密室』は読み終わっても何かこうモヤモヤしている。瀬名秀明は『パラサイト・イヴ』と『ブレイン・ヴァレー』しか読んでなくて、『あしたのロボット』や『ロボット・オペラ』を読まにゃいかんかいと思ったりした。認識論などを中心にロボット学の最先端を取り入れたというわりには、ハード・ソフトについてのテクノロジーにはいっさい言及がなく、ケンイチくんはどういうハードにどういうソフトが載って動いているのかさっぱり分からない。なにしろ最初から一人称だもんなあ。アシモフみたいにポジトロン電子頭脳じゃ格好も付かないけれどもケンイチくんの姿が見えないんだよ。なにしろ一人称だもんなあ。で、再度プロローグを読むとやっぱりこの一人称が怪しいんだよねえ。小説家ユウスケと小説を書いているケンイチくん、でそれを書いてる瀬名秀明という合わせ鏡叙述にメタレベル付きというんだから読むのが怖いのは当然だ。フランシーヌの擬体がベストセラーになるっていうのも納得いかんし、オーストラリアや日本やが舞台な割にはどこで話が進行しているのか分かりにくいし、なんだかなあー。もともと瀬名秀明の文体はデビュー作の頃からしっくりこないんだよね。なんとなくニュートラルな文章で味が分からないっていう感触を持ってしまったんだろうな。苦手だこりゃ。

 『ディアスポラ』の前に一休みというわけでもないんだけれど、なんとなく手が伸びた川上弘美『龍宮』。のほほんとしたかったのだがこれはちょっと勝手が違った。かなり濃厚な交情へのこだわりが、異界の(海からきた)モノを立てることによってグニュグニュとまとわりついてくる。このグニュグニュには「クチュクチュバーン」も勝てないかも。オソロシや川上弘美。 


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