続・サンタロガ・バリア  (第66回)
津田文夫


 いきなり秋になってしまいましたねぇ。そろそろTシャツだけで寝るのはやめないといかんな。
 この間久しぶりにSF研の大先輩とお会いして話を伺ったけれど、横浜のワールド・コンも現実はなかなか厳しいようだ。巨大コンベンションというのは財政的にはギャンブルに近いものがあるからなあ。ウチの奥さんや息子は楽しかったらしいので、お世話された方々が後始末に追われるようなことがなければいいなと思います。

 椎名林檎の「娯楽(バラエティ)」を聴きながら、わがステレオの再生能力では十分に楽しめないような気がした。浮雲のギターが聴き所なんだけれど、クラシック向きのスピーカーから出てくる音はどうにももどかしい。今回は本人が歌い手に徹している割にグッとくるところがないので、もう何回か聞き返してみないといけないかな。

 ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』は邦訳第2短編集ということもあってか、前回よりだいぶ読みやすくなった。風通しのいいスタイルになったということか。とはいえ、一つ一つの作品は古典的な起承転結からはほど遠く、若島正の編んだ異色作家短編集の収録作なんかとはずいぶん印象が違う。登場人物たちの個々の行為は目に浮かんでも作品全体の流れは必ずしも明らかではないものが多い。でも読んでる間はおもしろいし、キャラクターたちの立ち上がりもうまくできている。プラチナ・ファンタジイのシリーズ・タイトルはなくてもいいのでは。

 ジャック・ウィリアムスン『エデンの黒い牙』は、この作者をほとんど読んだことがないのに、唯一昔から気になっていたタイトルDARKER THAN YOU THINK の翻訳だというわけで読んでみた。ウィリアムスンにはスペース・オペラを書く長老というイメージしかなかったこともあって、60年前の作品だけどそのモダン・ファンタジイいやホラーぶりに意外な嬉しい驚きを覚えた。ヴァンパイアの存在を支える理屈についてはサイエンス・ファンタジイっぽいが、この作品のおもしろくしている理由の一つに、主人公側の論理に主人公自身が抵抗しながら、その論理をアクションとして実行してしまうジレンマがある。この設定はその後ありとあらゆるエンターテインメントで反復されていて、いまさらな憾みもなくはないが、ウィリアムスンはサスペンスとエロティシズムを上手にコントロールしているため、読んでいて飽きることがない。

 かなり長い間をおいて文庫化された佐藤哲也『ぬかるんでから』はぽつりぽつりと読むのが吉な短編集。いくつかの作品で妻が異様な役割を負わされているのを読んで、『妻の帝国』がこれらの作品と共通した手法をとっていることがわかる。佐藤哲也の作家としての異能ぶりはこの短編集によく現れていると思う。一部に小林泰三のホラー短編を思わせるものもあるけれど、佐藤哲也は小林泰三より遙かに気が長い。即時的な恐怖よりは何か別の感覚がまとわりついてくるのだ。それは佐藤哲也の個人的なリアリティというやつに違いない。

 積ん読解消の1冊として読んだセルゲイ・ルキヤネンコ/ウラジーミル・ワシーリエフ『デイ・ウォッチ』は、一種のヴァンパイア集団同士の戦い(というよりはパワー・バランス獲得競争)を現代ロシアを舞台に描く三部作の第2部。1作目『ナイト・ウォッチ』はある種初めてロシア製「マトリックス」を見るような新鮮さがあったけれど、今作は前作のようなアクションもほとんどなく、設定も中休み的な感じでこぢんまりとした印象。三つの連作中編という形になっているんだけれど、前作の主人公は脇役に回っていて最後の中編でようやく主役を張るんだが、何かと考える役回りでショボい。あ、チェコで飲むビールは旨そうだ。

 「エウロパのスパイ」だけ既読の短編集、アレステア・レナルズ『レヴェレーション・スペース①火星の長城』はとっても読みやすくて、就寝前に読み始めるとついついその短編を最後まで読まされてしまう。でもレヴェレーション・スペースというシリーズ名は取っ付きにくいな。ニュー・スペース・オペラは、人間としての存在形態がどうであれ、キャラクターの思考がまったく普通に英語圏内なので、早くも懐かしい宇宙小説になりつつある。テクノロジー的には現代から遠望できる世界であってもプロットはスペース・オペラにふさわしいものだから、読んでる間だけ楽しければ、それで十分評価に値する。「ウェザー」なんか10年前の伊東岳彦のマンガ/アニメ「アウトロースター」のヒロインの設定にそっくりで大笑いだ。もしかして見てたのか、レナルズ!

 ノンフィクションを2つ。『日本SF・幼年期の終り』は40年近く前の文章が、もはや懐かしいというレベルを超えてしまっている。もはや研究資料か。SF全集刊行時は中学生でその存在さえ知らず、大学時代はご多分に漏れず金がなくて10冊くらいしか買わなかったけれど、当時古典SFには全く興味がなかったので仕方ないところ。大森望のHP経由で森下一仁さんに譲っていただいた『日本SF作家クラブ40年史』の方が読んでて昔を思い出す。


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