内 輪   第212回

大野万紀


 SFマガジンでクラーク作品の解題をすることになり、今古いクラークのSFを読み返しています。しかし、例えば『2001年宇宙の旅』を読んでいて、これが人類が月に立つ前の作品なんだと思うと、あらためて感慨深いものがあります。もっとも十数年ぶりに読み返すと、マウスのようなポインティングデバイスがなかったり、月面で撮影した記念写真の焼き増しを考える場面のように、微笑ましくなるシーンもあって、面白いですね。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『モザイク事件帳』 小林泰三 東京創元社
 「ミステリーズ!」誌に掲載された6編と書き下ろし1編を含む連作ミステリ短編集。それぞれ「犯人当て」「倒叙ミステリ」「安楽椅子探偵」「バカミス」「SFミステリ」などとコメントがついている。登場人物は過去の小林作品『密室・殺人』や「家に棲むもの」「忌憶」などに登場したことのある、小林ワールドの探偵たち(マッドサイエンティストや前向性健忘症の探偵含む)である。ミステリとして正当なのかお馬鹿なのかよくわからないが、面白く読んだ。ただ、いずれもロジックが中心のミステリなので、じっくり読まないとついていけなくなるものもある。まるっきり論理パズルみたいな作品もある。基本的にシリアスというより、コメディタッチなので、気楽に楽しめた。

『きみのためのバラ』 池澤夏樹 新潮社
 去年出た短編集。評判高かったが、確かにこれは素敵な短編集だ。いずれも海外を舞台にし(沖縄もあるが)、旅する人々のふとした出会い、別れをスケッチした、心にしみる小説である。父親と娘、自然との出会い、愛とは違うふれあい、それらが日常的だが美しい言葉で淡々と描かれている。中にはオカルト風の話(大昔の恋人たちが憑依する)「連夜」や、はっきりSFといっていい(人の闘争心や欲望を抑える特別な言葉)「レシタションのはじまり」もあって、SFファンにも楽しめると思う。淡々と個人のレベルで描かれた話が多いのだが、背景には現代の世界の状況や、変化する社会のありさまに対する作者らしい視点と想いがある。

『天体の回転について』 小林泰三 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 書き下ろし1編を含む8編を収録した短編集。前半はわりと肩の力を抜いた、軽めの作品が中心で、とはいえ「天体の回転について」や「あの日」なんて、ニュートン力学のお勉強小説のような雰囲気でもある。「天体の回転について」の軌道エレベータのバーチャルな案内嬢(実は物理の先生だったりして)は、ハートマークとか使ってるけど、こういうのは「萌え」とは違うような気がするなあ。後半はより(描写も)「ハード」になった作品が多い。「性交体験者」はエロチックSFがテーマで、確かにエロでグロなのだが、この作品に登場する女性たちにはちょっといつもの作者の作風と違う、エネルギッシュで溌剌とした魅力がある。いい意味でセクシーだ。基本的にどの作品もアイデアが中心で、中にはやや無理に落としたような作品もあるが、その中で驚くべき宇宙戦争のアイデアを描いた「三00万」はとんでもない傑作だ。もちろん映画「300」を連想させる、ある種のバカSFではあるのだが、ここまで突き詰めると笑いも固まってしまう。すごいよ。「盗まれた昨日」は作者がこだわっている前向性健忘症がテーマのミステリ仕立ての作品であるが、自意識・記憶テーマのイーガン風本格SFでもある。書き下ろし「時空争奪」はかなり奇っ怪なアイデアSFで、バリントン・ベイリーみたいなぶっとんだ宇宙論(しかし実はそんなに変ではない)とクトゥルー風な世界変容の恐怖が味わえる。ちょっと悪夢っぽくて、これまた傑作といっていい作品だ。

『蒸気駆動の少年』 ジョン・スラデック 河出書房新社
 奇想コレクションの新刊は柳下毅一郎編によるスラデックの日本オリジナル短編集。何と23編が収録されている(短い物が多いけれど)。SFあり、ミステリあり、ホラーあり、何ともいえない「奇想」あり、バラエティは豊かだが、いずれもスラデックらしいヘンテコさに溢れている。ちょっとシュールな味わいは、今のスリップストリームな作家と近い物があったように思う。でもはっきりいってずっとSF寄り(といってももちろんハードSFではなくて、60年代、70年代の、オリジナルアンソロジー時代のSFだが。その中でも理系オタクというか、理屈好きな作風で、帯にある「理系ギャグ小説」というのは当たっているかも)である。ぼくらにはずいぶんと懐かしい気もするのだが、今の読者にはどう読まれるのだろうか。何しろ23編もあるので印象がばらつくのだが、あえて印象に残る物を上げるとすれば、筒井康隆が書いてもおかしくないスラプスティックSFの「古マスタードの秘密」や「おつぎのこびと」、「ホワイトハット」、おバカな「ピストン式」や「不在の友に」、ちょっとセンチメンタルな味のある(こういうスラデックも大好きだ)「教育用書籍の渡りに関する報告書」、「おとんまたち全員集合!」、それに「ゾイドたちの愛」、ミステリものや、本当は恐ろしいヘンゼルとグレーテルの「血とショウガパン」なども印象深い。

『人類は衰退しました3』 田中ロミオ ガガガ文庫
 このシリーズの最大の魅力は脱力感ある主人公と妖精さんたちの会話や語り口にあるのだが、本書ではその妖精さんたちがいなくなってしまう。語り口や雰囲気だけではそろそろ限界で、本当は恐ろしい衰退後の世界がついに立ち現れたのだ……なんて。都市遺跡の調査という、この世界では想像を絶するような本格的な「お仕事」が始まり、主人公もあの謎の助手さんといっしょに廃墟となった都市に行って、のんびりお茶を飲むはずが、ダンジョンの探査に命がけで取り組むこととなってしまう。そこに現れた謎の猫耳娘……。失われた文明の遺跡探査が、本格SFっぽくってなかなか魅力的な舞台設定を描き出している。何より、結末で明かされる猫耳娘たちの秘密が、あざといといえばあざといのだが、ぼくのポイントを突いていてそれだけで嬉しくなってしまう。SF味もこれまでになく濃くて、お好みの一編です。ゲーム風というかアニメ風というか、ぶっとんだバトルシーンが、意外にリアルで日常的なこの世界の描写に、強烈な異物感を(でも妖精さんと同じく、けっこう地続き)かもし出して下さいます。


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