内 輪   第223回

大野万紀


 今年は桜の咲くのが早いですね。これを書いている3月29日現在、東京はもう満開の様子。でも大阪はようやく咲き始めたところで、まだまだこれからです。今はまた冬の寒さが戻っているから、もう少し暖かくなってからの方がお花見にはいいですね。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『人類は衰退しました4』 田中ロミオ ガガガ文庫
 前半には謎の自動工場が現れ、「妖精社」印の得体の知れない製品を次々と作り出す。食用のチキン(らしきもの)が知性を持ったりとか、ちょっとグロくて怖い話題もあり。そういうの、あまり深く考えない(考えたら怖いから)というヒロインに、読んでいて少しいらつくけれど、まあいつものことだからね。後半ではなぜか鬱状態の妖精さんたちと遠くの島へ島流しというか、漂着というか、単身赴任というか、そんな状況に。そこで妖精さんたちが国作り。これまでの妖精さんがホーカっぽいとすれば、今度の世界はまさにザンス。魔法とダジャレで出来た世界。始めはとてももてなしのいい楽しい王国となるが、やがて悲しい破滅が。まあ例によってヒロインは思考停止して、なかったことにできるのだけれど。とってもほのぼのとしているのに、よく考えてみればかなり恐ろしいお話ではないのかしら。

『プロバビリティ・ムーン』 ナンシー・クレス ハヤカワ文庫
 何だかいろいろと聞いているので、あまり期待せずに読み始めたのだが、少なくともこの第一巻は面白い。人類学SFと、宇宙戦争と、ハードSF的なアイデアとがうまく絡んでいる。ハードSF的な部分は、夫であった故チャールズ・シェフィールドの影響が大きいように思える。太古の異星人が残した超科学の遺物とか、確率場とか、トンデモに近いのにぎりぎり科学的なセンスを感じさせるところが、いかにもシェフィールドらしいのだ。ただし、メインのアイデアである、この惑星の住人がもつ「共有現実」という概念が、ちょっとわかりにくい。みなが認識を共有しているという、テレパシーか集合意識に近いもののように思うのだが、一応個人の意識は独立しているし、それほど明確なものでもなさそうだ。で、実際は認識の共有というより、世界の同一性に関わることらしいと後でわかるのだが、あんまりピンとこない。でも花を中心にした異星人の文化や、調査隊の地球人の個性が良く書き分けられていること、宇宙空間でのサスペンスなど、リーダビリティは大変すぐれていて、堪能することができた。

『プロバビリティ・サン』 ナンシー・クレス ハヤカワ文庫
 第二巻もなかなか快調。再び人類の調査隊が惑星「世界」を訪れる。何しろ異星人との致命的な宇宙戦争中なので、調査隊はこの星に眠る太古の人工物を掘り出し、超兵器となるか実験し、宇宙へ持ち去ろうとするのだ。それによって「世界」の人々の社会に死活的な影響が出ることも顧みず。エキセントリックな天才物理学者カペロ、チームのリーダーで、プロジェクトの管理に頭を悩ますカウフマン少佐、敵の異星人と意志の疎通を試みる魅力的な美女マーペット、それに前作の登場人物も再登場して、なかなか読み応えのあるドラマが展開する。まあ、アメリカSFによくあるパターンといえなくはないが、恐るべき力を秘めた謎の人工物、意志疎通のできない敵との宇宙戦争、独自の文化を持つ「世界」の人々と人類の関わり、そして調査チームの中での人間ドラマ、といくつかのストーリーがうまく絡み合っていて、面白く読める。いったんはハッピーエンドといっていい形で本書は終わるのだが、まだ多くの謎は解かれていない。いや、このまま終わりでも別にかまわないとは思うのだけどね。

『プロバビリティ・スペース』 ナンシー・クレス ハヤカワ文庫
 まあ事前に色々と情報を聞いているので、そんなにがっかりはしない。山岸真の解説によると、そもそも三部作にするつもりでもなかったようだ。太陽系でクーデター。独裁者が失脚し、さらにやばい独裁者が権力を握る。マッドサイエンティストなカペロ博士が何者かに拉致され、失踪。14歳の博士の娘、アマンダは、父を救出しようと無謀にも一人で冒険の旅に出る。シリーズ全体のストーリーや謎に直接結びつかない、このアマンダの冒険があまり評判が良くないのだが、確かにこの14歳にしてお子様なお嬢様のキャラクタが、魅力的というよりも読者に反感を呼ぶタイプ。でも作者はこの子の造形にかなりのめり込んでいる様子で、後半のまさかと思う、どこのハーレクイン・ロマンスですかといったラブロマンスな展開に、ちょっとびっくり。ストーリーの本筋はカウフマン大佐とマーペットの、究極兵器である人工物を巡ってのいくつもの星系をまたにかけた大スペースオペラなのだが、そっちは結構面白かっただけに、うーん、やっぱりちょっと残念というところか。まあ、始め思っていたよりは悪くなかったので、よしとしよう。

『女悪魔の任務 魔法の国ザンス/19』 ピアズ・アンソニイ ハヤカワ文庫
 ザンスもとうとう19巻。今回はちょっと趣向が違って、このところずっと登場している女悪魔メトリアが主人公。マンダニア風にいうと不妊に悩む(ザンス風にいえば、いくらサインを送ってもコウノトリが来ない)メトリアが魔法使いハンフリーに尋ねると、鳥の王シムルグの任務を果たすことを命じられる。その任務とは、ロク鳥のロクサーヌの裁判のため、判事や陪審員など30人を召還することだった。かくしてメトリアはザンス中、さらにマンダニアまで出向いて、東奔西走することになる。というわけで、ひたすらRPGのいわゆる「おつかいクエスト」の連続となる。何しろ一人を召還するのに、別のあるものが必要で、そのためにはまた別の依頼に応えねばならず・・・と、入り組んだ何重ものクエストをこなしていくのだ。まあ、まとめて一度に何人分も片付けたりするのだが。どれもこれもザンス風にややこしいクエストで、魔法とダジャレと「大人の陰謀」がからんでいる。最後は雰囲気が変わって、妙にシリアスな裁判ものになるのだが、メトリアのどこか超然とした性格が魅力的な巻である。それにしてもメインのストーリーは単純なのに、この込み入った、繰り込まれた、反復、錯綜、重畳した、自己参照的……もう、なんでもいい……物語はいつもながら楽しく読めました。


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