大学図書館の資料が使い放題な学生時代のうちに、あれこれ調べてみよう、と、この連載をはじめたのだが、とうとう満期でおっぽりだされました。ってことで、前回をもって最終回にするのが、切りとしては良いんだが、なんとなく惰性で続けられるうちは続けさせていただこうと、第四シーズンに突入。
まだまだフランス編は終らんのだが、本がどこに埋まっているのかわからないという理由で、しばらくは比較的表層にあるような気がするドイツ・ネタが多くなると見たね。
なにはともあれ、今しばらくお目汚しさせていただくつもりなので、お付き合いいただければ幸い。
ルドルフ・マーチン(Rudolf Emil Martin,1876〜1916)の未来戦小説、Berlin-Bagdad: Das deutsche Weltreich im Zeitalter der Luftschifffahrt, 1910-1931(1907)が日本に紹介されているってこと自体は横田順彌『日本SFこてん古典』所載の会津信吾編「日本古典SF作品年表」に出ているので常識の範囲だったわけだが、内容紹介ってのは<SFマガジン>連載の横田順彌「近代日本奇想小説史」の第61回(2007年8月号)までなかったように思う。それなので『破天荒』(明治41年4月)の現物を初めて手にとって、Review of reviewsに載ったダイジェストからの翻訳だというのを知った時は驚いた…。
って、話は昔どっかで書いたよな。
もっとも新聞広告でも、出典がちゃんと書いてあるのであった。
「英国評論の評論所載 英文家高野弦月訳 ▼▼口絵五彩燦爛可愛 小説破天荒
一朝空中飛行船発明され空中生活行はるるや人類が久しく夢想せし羽化登仙を事実に現出し或は空中軍組織は恰も火薬が甲冑時代を埋没せし如く鉄艦要塞鉄条網を葬り去り或は空中大競争北極探険空中大戦闘第二日露戦争其他斬新奇抜なる奇想時に天外より落ち一読三嘆 定価金廿五銭郵税四銭 ○東京京橋南紺屋町十八番地 小川尚栄堂 東京林平 大阪盛文館」
『破天荒』の原文については、近代デジタルライブラリーでご覧いただくとして、さてこの、Review of reviewsのBook of the month欄に掲載されたThe age of the air-ship: fact and fantasiesに注目したのは、一人高野巽(弦月)だけではなかったという話をしよう。この記事は少なくとも二つの雑誌で紹介されている。
ひとつは、高野訳よりも早い<探検世界>明治40年6月号掲載の三津木春影「将来の空中大戦争」、もうひとつは高野訳とほぼ同時期の<冒険世界>明治41年5月号掲載の破天荒生「空中戦争未来記」。
そこまで話題になるんだったらドイツ語から訳されてても良さそうなもんだが、ドイツ語読みの人は食いつかなかったのかねえ。
フランス語訳は同じ年に出ているけど、結局英語訳は出ず、クラーク先生もThe great war with Germany,1890-1914(1997)にReview of reviewsの記事を再録。明記されとらんが、再録版は記事中のII.The fantasy of Rudolf Martinしか採っておらず、元記事だと前後にI.FactsとIII.What it all comes toがついてるので要注意。って何が。
一応賑やかしに、見出しを並べると、こんな感じ。
「将来の空中大戦争」
独逸の将来は空中に在り/空中大戦争彌々開始さる/空中ナポレオンの出現/独露戦争/伯林市上の大激戦/大西洋を十時間で横断/飛行艇と新聞紙/飛行艇の両極飛行/空中の大公園(レビュー、オフ、レビュー誌より)
「空中戦争未来記」
独逸の将来は空界に在り/世界第一回の空中戦/天界の那翁/一時間二百五十哩/空中艦船/空中戦と歩兵/空中艦隊伯林を襲ふ/伯林府上の大戦争/伯林府の攻撃/ゼルマン人種統一主義/日本の未来は如何/十時間にて大西洋横断/肺病全治す/バクダット、伯林間の空中旅行/無線電信/北極の納涼/メソポタミヤ/空中巡査/空中公園/独逸最後の通牒/印度征服
で、原書の章建とReview of reviewsの見出しを参考にご紹介して、内容紹介に変える。いや、記事による取捨選択の違いを見て行くと面白いんやが、その辺は省略して先を急ごう。
Germany's future lies in the air/The first great air-battles/Suwarow, the Napoleon of the air/250 miles an hour/The battle air-ship/Air-ship v. infantry/Air-ships' raid on Berlin/The air battle above Berlin/The bonbardment of Berlin/4,000,000 air-sailors/Crossing the Atlantic in ten hours/Consumption cured/Berlin to Bagdad by air-ship/News by wireless telephony/Picknicking at the north pole/The paradise of Mesopotamia/Berlin in 1930/Hanging gardens/A German ultimatum/The conquest of India
※元が亀の子なんでかなりあやしいが、ついでにドイツ語原書の目次。
Deutschlands Zukunft liegt in der Luft(Rede des Kaisers am 1. Januar 1910)/Sieg der japanischen Luftschiffe am 14. Marz 1913/Flucht des Zaren/
Schreckensherrschft in Russland/Diktator in Sicht/
Ein Konquistador im Luftschiff/Man plant die Froberung Chinas/Kriegserklarung Deutschlands an die russische Republik am 19. April 1916/Am Abend der Kriegserklarung in Berlin/Finis Poloniae!/Der Feind, 5000 Meter hoch, nach Berlin/Bombardement der Stadt Berlin durch die Suwarowschen Luftschiffe/Flucht Suwarows im Luftschiff nach dem Pamirgebirge/Deutsche Luftschiffer arretieren eine russische Armee/Deutsche Schlachtluftschiffe fuhren die Iurken uber den Kaukafus/Der heimliche Kaiser/Friede zu Warschau am 10. Mai 1916/Petersburg, Warschau, Kiew an den deutsch=ofterreichischen Bundesftaat/Das deutsche Weltreich von Berlin bis Bagdad/Der Reichskanzler/
Die Welt im Jahre 1930/Eine Luftfahrt von Berlin bis Basra/Mesopotamien im Jahre 1930 - ein Paradies/Des Sultans Harem in der Luft/Der Deutsche Kaiser in Bagdad/Berlin im Jahre 1930/Sozialdemokratie und Luftschiffahrt/Vom Staat bezahlte Streiks/Oesterreich und Ungarn/Holland und Antwerpen zum deutschen Bundesstaat, die Schweiz zum deutschen Staatenbund/Marokko an den deutschen Staatenbund/Der britische Botschafter beim deutschen Reichskanzler am 18. Februar 1931/Marokko und die Schweiz/2 Millionen russischer Soldaten durch die Luft nach Indien/Interessenvertrag zwischen Deutschland und England am 5. April 1931
マーチンの邦訳には『露西亜之将来』ってのもあるんだが、<万朝報>の新刊紹介では訳がボロクソにいわれてます、斎藤先生っ。
▲露西亜の将来(斎藤清太郎訳)一昨年『露西亜及日本之将来』てふ書を著はして欧州諸新聞紙の注目を惹きたる独人ルードルフマルチン氏の近業を訳したるものにして、内容は世界史の最大問題、露国の将来は村落に在り、革命前の仏国農民と露国農民、露国危機の原因、露国の国家的破産、大革命、独逸帝国と露国革命、将来の一瞥の八章に分ち財政上より露国が将来破産して延いて大革命を生ずるに至るの已を得ざる所以を証明し、露国の帝国議会の開会は単に革命の期を遅緩ならしむるに過ぎず、若し一たび大破裂を生ずるに至らば其革命継続期間は仏国のそれに比して更に長く更に激しかるべきを推理したりただ訳文拙劣にして、原意を知るには差支なきに似たれど、文語と口語とを混淆して使用したれば読みて異様の感を起すこと少なからず、寧る(ママ)英訳に就くの便ならざるやを思はしむ(菊版クロース三二〇頁▲価一円卅銭△麹町一丁目武林堂発行)
訳文については<東京経済雑誌>でも「但し題目論旨の面白きに拘らず、翻訳は文語口語の両体を混合したる直訳多く通読上頗る難渋なるは遺憾の極みとす」と散々です。
ところでReview of reviewsといえば、前にルイ・ガレの話を書いたが、ジョージ・パーソン・ラスロップ(G.P.Lathrop)のIn the deep of timeも、日本で話題になったのはReview of reviews経由らしい。
同作はエジソンに取材して書いたSF小説、ってんだが、勝手に名前だしてるだけやないのかと疑ってたら、ニール・ボールドウィン『エジソン』三田出版会、1997にはラスロップがエジソン伝を書きたいと取材にいったら、「いや、それよりもSFだぜっ」と、主張されて、仕方なく書き始めたけど結局完成しなかったという話が出てるのであった。
In the deep of timeの初出はEnglish Illustrated Magazine。ヤマガタが山岸訳の『空中軍艦』が出た時に、俺、『英国絵入雑誌』(English Illustrated Magazine)の連載で読んでるけどよ、山岸の訳、なってねーな。などと発言していたのでEnglish Illustrated Magazine自体も日本で読まれていたらしいが、明治30年5月1日〜8日の<国民之友>掲載の「三百年後の世界」、明治30年6月〜7月<世界之日本>掲載の「ヱデ井ソンの予言」、いずれも内容的にReview of reviewsに掲載されたThe prophecies of Edison; or, Visions of things to comeが元ネタとみて間違いない模様(ただし<世界之日本>7月号掲載の「前号エヂソン氏予言の続きもの也」とあるパートのソースはどうも別物)。
なおヤマガタってのは山縣螽湖(五十雄)、山岸は山岸薮鴬(覚太郎)ね。←紛らわしい書き方すんなっ。