続・サンタロガ・バリア  (第86回)
津田文夫


 ちょっと空梅雨みたいだけれど、降るときには降るなあ。近くの川でほんの一部だけ護岸工事をしていたけれど、片側は整地しただけでほったらかし。3日続くような本降りになったら川幅いっぱいに増水するのに、あんな短い護岸じゃ護岸自体が流されるんじゃないの、というのが近所のもっぱらの噂。噂が本当にならなきゃ良いけど、端から見ても税金の無駄遣いっぽい。景気対策の前倒し工事発注の悪影響かも。

 久しぶりにフル・オーケストラの響きを満喫した大植英次指揮のハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー。曲目はマーラーの9番。11年続いたコンビの解消で、日本でのしかも大植英次の地元フェニックス・ホールでのフェアウェル・コンサート。大植は何時にもましてオーバーアクションだったけれど、オーケストラは異様に遅い第2,第3楽章にも立派に付いていく。聴衆も曲間でさえほとんど咳を飛ばさない。そして演奏終了。振り向かない指揮者。主観時間で5分くらいシーンとしたままの場内。そこまで保たせるか大植、と思っていたら、振り返った大植は拍手の中を客席へ降りて、1階中央通路の後部座席最前列へ走っていって遺影を持ち上げ口づけた。どうやら母親の遺影らしかった。そういうことだったのか、と得心したけれど、オケ、聴衆の優しさにちょっと貰い泣き。第9の演奏自体は、昔ハイティンクとウィーン・フィルで聴いた演奏と違って現代的なすっきりした響きがしていたと思う。

 椎名林檎の新作は1回聴いただけではその良さがよく分からない。最近は何を聴いてもそういう風にしか反応できないことが多い。そういやクラプトン/ウィンウッドのライヴは楽しく聴けたので、やっぱり歳の所為かねえ。

 長編よりも中短編の方が出来が良いというナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペイン』は、確かに話づくりのうまさが分かる短編集だった。とはいうものの、強い魅力を感じないのは長編と同じだ。「無眠人」シリーズは新人類ものとして大して説得力のない設定だし、キャラクターも魅力的とは言い難い。にもかかわらず読めてしまうのは語り口のなめらかさまたは人なつこさがあるからだろう。その他の作品は話の核がしっかりしているし、アイデア自体も悪くない。1作1作のバラエティもよく考えられた編集だ。でも手放しで褒めようという気にならない。うまいけど何かものたりない作家ではある。

 ハヤカワSFシリーズJコレ最新作、仁木稔『ミカイールの階梯』上・下は未読の『ラ・イストリア』も読んでみようという気にさせるだけの力がある作品。下巻ではさすがに息切れするが、上巻で語られる中央アジアの未来史はかなり魅力的である。読み終わった後では常套的な技法のオン・パレードだったと感じてしまうが、未来史の設定の仕方、数多いキャラクターの登場の仕方、どれをとっても『グアルディア』以来、作者の筆力が向上したことを示している。ただ上巻を読んでいる間は結構興奮していたのだけれど、下巻になると各ストーリーの濃度にムラが多くなり、読んでいる方もだれてくる。できればもう少し時間をかけて、3巻構成になったとしても、各キャラクターの織りなすタペストリーを十分に発展させてほしかった。

 仁木稔同様デビュー長編以来、久しぶりに読む平山瑞穂『全世界のデボラ』は、書き下ろしの「駆除する人々」が一番〈SFマガジン〉向きで、それ以外のSFM掲載作がどれも文芸誌向きという変わった作品集。『ラス・マンチャス通信』がもたらした感触はこの作品集にも受け継がれているが、長編と違って起承転結をはっきりとさせないまま成立させた作品が多い。終わるための明らかな結末を作らないという点で、作者は作品に自由を与えているのかもしれない。平山瑞穂って文芸誌界隈で話題になっているのかなあ。


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