続・サンタロガ・バリア  (第92回)
津田文夫


 初詣も行かず寝正月を満喫ししていたのだけれど、「アバター」ぐらい見ておくかと思い、地元の映画館で観てきた。当然2Dしかないので、3Dの面白さは味わえなかったけれど、絵作りの面白さはそれなりに楽しんだ。ロジャー・ディーンの絵を彷彿とさせるところが多かったな。ストーリー運びには不満が多々あるが、特に主人公が伝説の英雄になるために空の王者を乗りこなすエピソードにはもう少し時間をかけてもよかったような(それじゃ危機に間に合わないだろうが)。ま、昔のアンチ・ウェスタンみたいな話はわかりやすい。

 毎年、正月にどこかのオケが来てウィンナワルツを演るのだけれど、今年はウィーンフォルクスオーパーだというので行ってみた。東京ではサントリーホールで年越を兼ねての正月公演が大好評だったみたいだけれど、田舎では客席が埋まりません。演る方も最初は気落ちしたかのようだったが、まあそこは百戦錬磨のオケだから、それなりに楽しい演奏を繰り広げてくれた。サントリーホールの派手なデコレーションもなく質素なステージ飾りだったけど、少しはウィーン気分が伝わったような。寝てた人もいましたが。

 正月に合わせ「くねくね姫」も久しぶりに新作アップ。ロングスカートでフェミニンな魅力をアピールしてるのはうれしいが、「月の上は無重力」と何回も歌われるのはいかがなものか。「肉まんギター」はXjapanをアップ。彼女もブログで「男だけどそれがイヤなヤツには見てもらいたくない」と啖呵を切っている。あれだけの衣装をよく持ってるなあと感心しながら過去ブログを読んでいたら、以前そういうお店におつとめしてたこともあるとのことで納得。最近はライヴに目覚めたらしい。ブログといい演奏といい良い魂です。

 年末に読んだのが大森望編『NOVA1』。個々の短編がどんな話だったか早くも思い出せなくなっているが、大森望が「日本SFの今」をこのオリジナル・アンソロジーに籠めようとしたのは確かだろう。集められた作品がその作者の持ち味をよく発揮しているという点でも「今の日本SF」が読者に伝わるものになっている。すなわち高水準のアンソロジー。でも、第1集にしてすでに大森カラーになっちゃってるようなところが、ちょっと不満。なんだか結果としての予定調和が生じているんじゃなかろうか。ここには創元の年刊傑作選に入れて当然な作品がいくつもある。それらの作品は、おそらく傑作選で読んだ方がより強い印象を残すのではないか。

 正月だ、よしマキリップを読もうということでパトリシア・マキリップ『冬の薔薇』を読む。マキリップのファンタジーはいつもちょうど良い長さの単品としてきちんと彫されていて、本当に嬉しい。この作品はタイトルどおりの寒い季節の話で、冬を迎えた狭い村の中だけで大して多くはないキャラクターによって演じられている。しかし冬を迎えるまでの美しい森の描写がまた春の巡りを期待させるし、実際そのようにおわる。ここには過不足がない。作品に響く声の美しさが読む者へのご褒美だ。

 長山靖生『日本SF精神史−幕末・明治から戦後まで−』は非常にコンパクトなサブタイトル通りの一作。この著者の作品を読むのははじめてだが、文章に癖が感じられずサクサクと読み進めることができる。熱心なSFファンでネタの自在な使い回しに好学の趣味の持ち主であることがよく分かるけれど、欲を言えばもう少しヒネていてもいいような気がする。

 久しぶりに日本ファンタジー大賞本に食指が動いた。まずは怪しい評判の小田雅久仁『増大派に告ぐ』を読む。確かにこれはファンタジーでもSFでもない。けれどもどんな長編新人賞に応募しても受賞するタイプの作品だ。昔、小林秀雄が精神病者にインタビューして「ここには『悪』が存在する」と書いたように記憶しているが、この作者は個人の精神の有り様ではなく、現在の人間が作る社会について「ここには『悪』が存在する」という作品をつくり上げている。少年小説のポップさを逆手に取るわけでもなく、問題意識を鮮明にするわけでもなく、しかし書き上げてしまった感の強い小説だ。ホントに「裏銀林みのる」になりかねん。次作は書けるのか。

 大賞本を続けて読むのはやめて「想像力の文学」シリーズ、木下古栗『ポジティヴシンキングの末裔』を読む。30本近い掌編(ちょっと長いのもあるが)をずっと読んでいると筒井康隆とかバーセルミとか思い出す。書き出しがそのままタイトルになっているものも多く、それは小説のたくらみが「あらかじめ決めない」ことで読者に文章とは作られたものであることを見せながら、それでも小説は成ってしまう、もしくは作家の書きたいという想いだけで書かれてしまうことを伝えている。個々の作品は面白くもあればそうでないものもある。たぶんそれは作家にとって問題ではないのだろう。

 日本ファンタジー大賞のもう一本、遠田潤子『月桃夜』は真っ当すぎる日本南島ファンタジー。枠物語の枠の方は今ひとつ(本編との照応があからさま過ぎ)だけれど、本編の魅力は大きい。それにしても短かすぎて、この設定とキャラクターなら、主人公が本因坊秀策と相まみえるところまで、サネンと再び相まみえるところまで書き切って欲しい。伝染病者の介護中に自らも罹患し、若くして亡くなった天才秀策をフィクションの中で存分に活かしながら大長編に仕立ててもらいたいな。


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