第49回日本SF大会 TOKON10 レポート

大野万紀


 今年のSF大会は8月7日(土)と8日(日)に東京は江戸川区船堀で開催された、TOKON10。TOKON9から10年目の東京開催だと聞くと、あれっと思うが、そうか、幕張や横浜ではあったけど、東京ではなかったのね。
 新幹線で東京へ。東京駅の地下深くへ降りていき、総武快速に乗り換えて馬喰町。地下鉄に乗り換えて船堀へ。会場のタワーホール船堀は駅からすぐだった。東京へは何度も来ているとはいえ、ここは初めて。土地感覚が全くわからない。

会場のタワーホール船堀 ディーラーズルーム ディーラーズルーム

 会場は1階から5階まで上下に広がり、どこに企画部屋があるのかわかりにくい。とはいえ、受付の時にもらった小さいプログラムブックが良くできていて、今何をやっているかは一目でわかる。首からぶら下げることができて、読みやすく便利だった。これがなければ迷ってしまっただろう。ディーラーズでファンジンを買う。いつもの人たちとご挨拶。SF大会気分が高まってくる。

追悼 柴野拓美

 まずは「追悼 柴野拓美」の企画へ。パネラーは加納一郎さん、眉村卓さん、豊田有恒さん、難波弘之さん、山本弘さん、そして会場から飛び入りで辻真先さん。司会は門倉純一さん。
 貴重な第一回日本SF大会メグコンの写真や、ラジオ番組で紹介された時の録音、そしてあの柴野さんの有名な言葉「みんなSFファンなんです」の録音まで聞くことができた。パネラーの方々の思い出話も面白かった。難波さんは高校生の時、柴野さんの家へ数学の宿題を持っていって直接教えてもらったことがあるとか。その解法がセンスオブワンダーだったというお話。山本さんは若い世代だが、好きなアニメのほとんどにSF考証・小隅黎とあったのが印象に残っているという。日本のファンダムを育てSF大会を創設した柴野さんがいなかったら、ぼくらはみんな今ここにいなかった、という門倉さんの言葉が心に響いた。
 インターネットのなかったころから、SFファンはネットワークで結ばれていたのだ。それがファンダムであり、そのハブとして柴野さんの存在があったのだ。辻真先さんからは、柴野さんはSFのものさしだった(作品を見て、柴野さんがうんといったらそれがSFだ)という、日本SF黎明期のお話があった。そこから各自が自分にとって柴野さんは何だったかを一言。「SFの先生であり仲間」(加納)、「養殖場の経営者」(眉村)、「インキュベータでアマチュアリズムの統合プロデューサー」(豊田)、「実質的な父親」(難波)、「バタフライ効果の蝶々」(山本)、ということだった。
 そして、なぜか今のSFシーンに対する不満の声があがり、眉村さんや豊田さんは、もっとSFらしいSFを書かなければいけないと話し、山本さんは最近の日本SFアンソロジーについて、これがSFを読んでみようという一般読者に日本SFとはこんなものだと思わせるセレクトなんだろうかと疑問を呈していた。そういう声が出てくるのも、日本SFを作り上げてきた柴野さんのような人々があいついで亡くなり、ジャンルへの求心性を再び高めようという動きが起こっているということなのだろう。

SF評論の意義を問い直す

 ディーラーズやゲストの控え室でごろごろ。山野浩一さんに久しぶりに会ってお話する。荒巻さんもいっしょだった。まさに山野・荒巻論争だ。というわけで2つ目に見た企画は「SF評論の意義を問い直す」
 森下さんの司会で、巽さん、山野さん荒巻さんと、SF評論賞をとった若手評論家たちのパネル。
 荒巻さんからいきなり「きみたちは勉強が足りない」との言葉があって、そこから各自のSF評論に対するスタンスや意思表明が始まる。過去のSF批評とは別の切り口で、読み直しを図りたいといった言葉が多かった。昔は出ているSFを全部読むことが可能だったが今はとても無理。そこで総体を見るにしても作家論を足がかりにするしかないのでは、などという意見が表明されていた。パネラーの若手評論家たちの個々の評論をちゃんと読んでいないので、実はよくわからなかったのだが、SF思考がカルチュラル・スタディーズに取り込まれてしまったことへの対応、といった言葉が印象に残った。
 全体に岡和田くんの物言いがすごく生意気で(悪い意味じゃないよ)若々しく才気に溢れている印象だった(他の人、ちょっと大人しすぎるのでは)。でも知っている人に後で聞くと、どうもきちんと調べずに突っ走っているところもあるようで(アメコミの話など)、もっと研鑽すれば鋭い次代の論客になるのだろうと思われた。

冲方さん、塩澤さん、中西さん SF生け花

 1日目の最後は水鏡子もいっしょに冲方さんの「マルドゥック・スクランブル」のパネル。アニメ化にあたっての顛末が中心だったが、以前の企画がぽしゃり、それをいきどおった林原めぐみさんの手紙が再作成のきっかけになったとかいう話が面白かった。
 5階では「カフェ・サイファイティーク」をやっていて、白衣のハカセたちやメイドさんが佇んでいたが、そこに「SF生け花」なるオブジェがあって、なかなか面白かった。
 夕食はさんぽさん、水鏡子、都築さん、芦辺さん、小笠原さん、そして添野さんらと近場のデニーズ。大阪勢が中心なのでいつもの調子で話がはずむ。帰りの電車の中でも色々とバカ話をしながらぼくはホテルへ。疲れていたのですぐに寝てしまった。

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞と センス・オブ・ジェンダー賞のパネル

  2日目の最初に行ったのは「<シェラ・デ・コプレの幽霊>上映会」。とても恐ろしい幻の映画という興味深いものだ。
 映画そのものは幽霊の造形が怖いけれどさほどショッカーでもなく、ちょっと拍子抜け。
 トークは途中で抜けて「サイバーパンクの部屋」へ。終わりの方だったのであんまり良くわからなかった。千葉がかっこいいとか、海外から見た東京と国内から見た東京は違うといった話があったような。
 そのまま次の企画「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞&センス・オブ・ジェンダー賞」のパネルへ。ティプトリー賞とセンス・オブ・ジェンダー賞のダブルクラウンに輝いたよしながふみのマンガ「大奥」の話が面白かった。ウィスコンでの選評では、男性性(マスクリニティ)を道具として使い分けているところがティプトリーと似ているとの言葉があったそうだ。
 「ラギットガール」でセンス・オブ・ジェンダー賞受賞の飛さんが「SFというジェンダーを生きてきた」と授賞式で発言したのは、「ジャンル」と「ジェンダー」が同語源と聞いたからとのこと。日本にはもっとエロいSFが必要だ、「ラギッドガール」は支配・非支配という関係性にフィクションと非フィクションの関係性を重ねたものだ、という話が興味深かった。
 選考委員を務めた長澤さんから中学の時に「ピクニック・オン・ニアサイド」で初めてジェンダーを意識した(着替えるように性転換できるととても楽しそう)という話があり、訳者としてご挨拶。パネル後に小谷真理さんらとティプトリーの伝記についてなど、話がはずんだ。 

翻訳家パネル

 昼食の後は「翻訳家パネル」を覗く。なぜか小浜さんと大森さんの星雲賞代理受賞自慢が始まっていた。
 早川書房の清水さんからは、今売れている翻訳SFはローダンとミリタリーSFとその他となるとのこと。スコルジーやスペオペはミリタリーの枠内だろう。創元では編集の小浜さんがミリタリーがわからないのでミリタリーSFは出ないのだそうだ。じゃあビジョルドは?という突っ込みがあったが、あれは本格SFなのだとか。
 イーガンは売れている、河出の奇想コレクションは売れている(翻訳の単行本としては)という話があり、SFMもテーマ特集より作家特集の方が売れ行きが良いとの話があった。
 山田正紀さんが「もう量子はいいよ。タイムトラベルはどこへ行った」といったというので(どの口がいいますか、との突っ込みあり)、日本SFは言語・認識・量子が大好きだという話へ。でもアメリカでも量子SFが台頭してきているのだとか。去年はスチームパンクだったが今年は量子SFなんだそうだ。
 中村融さんからは河出から今度始まる長編シリーズ〈ストレンジ・フィクション〉の話。デイヴィドスンやコッツウィンクルといった渋い名前があがっていた。嶋田さんからはローダンの翻訳について、英訳ソフトでドイツ語から英訳しておいて原文と突き合わせながら訳しているのだとの裏話があった。パネラーだけでなく会場にいた翻訳家たちも含めて色々な話題が飛び交っており、SFセミナーや京フェスの1企画のようだった。

浅倉さん追悼企画の観客たち

 その後、同じ部屋で「浅倉久志氏追悼」パネル。これはぼくも参加するパネルだ。小川隆さんが司会で、山岸真さん、白石朗さん、酒井昭伸さん、高橋良平さんがそれぞれ思い出を語る。ぼくは浅倉さんの年賀状に書かれていたSF小話の話をしたが、言葉で話すとただのおやじギャグにしか聞こえず、ちょっと外してしまったようだ。失敗。
 浅倉さんの本で売れているのは「アンドロメダ病原体」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」「タイタンの妖女」だそうで、この中でクライトンは一番浅倉さん「らしくない」のではないかという話をする。でも傑作だ。今のクライトン訳者である酒井さんが「アンドロメダ」は文庫化の時に大きく改稿されているとの話があった。
 会場にいた早川書房の上池さんからは、「たった一つの冴えたやり方」を訳すとき、新井素子さんの文体を研究して訳文を作っていたとの話。以前SFセミナーで今の若い人たちの口調を自分の娘さんの日常会話から作っているとの話を聞いていたので、なるほどと思った。意外性という意味では、浅倉さんは実はベンフォードやクラークが好きだったとか、創元の「年間傑作選7」は本当はやりたくなかったとかいう話が聞けた。ぼくはちょっとすべってしまったが、色々な話題が聞けて面白いパネルだったのではないだろうか。

 大ホールへ移動してクロージングを見る。暗黒星雲賞、センス・オブ・ジェンダー賞、そして星雲賞。
 エンディングで本大会の色々な場面のスライドショーが流れ、その中で柴野さんの顔が映されてあの言葉が流される「隣の人を見てください。みんなSFファンなんです」。うーん、これってちょっと反則ですよ。じーんときてしまった。
 見たい企画が重なって見られないというやむを得ない問題はあっても、すばらしい大会でした。スタッフのみなさんありがとうございました。お疲れ様でした。
 来年は静岡か。再来年の夕張は無理だが、来年はぜひ行きたいと思う。

第41回星雲賞


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