内 輪 第240回
大野万紀
今年の夏は本当に暑い日が長く続いています。夏は暑くて当たり前とはいえ、これだけ続くとこたえますね。
まだ家のテレビは10年前のブラウン管テレビですが、レコーダーは地デジに買い換えました。テレビがD端子対応なので、これでハイビジョンも何とか見ることができます。とはいえ、そのうちテレビも買い換えるのだろうなあ。
しかし、アナログ時代のレコーダーと違って、ずいぶんとレスポンスが悪く、またコピー制御の関係だろうけど、いかにも制約事項が多くて使い勝手が悪い。これでも他の製品に比べればマシな方だというのだから、もはや録画して残すという文化は消えていくものなのかも知れませんね。
録画して見たら消す、タイムシフトに限れば、さほど問題はない。そして見逃したコンテンツは、クラウドからいつでも呼び出せるようになれば(いや、なかなかそうはならないのだろうけれど、画質や法的な問題を気にせず、特定のシーンに限って言えば、今でも事実上実現されているといえるでしょう)、テレビとは別のレコーダーなんて存在は過去のものとなっていくのかも知れません。
それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『ハンターズ・ラン』 ジョージ・R・R・マーティン&ガードナー・ドゾワ&ダニエル・エイブラハム ハヤカワ文庫
ドゾワが思いついてマーティンと合作し、エイブラハムが完成させた冒険SF。
この宇宙は先行する異星人の強大な文明が支配しており、人類は彼らの余り物惑星へ植民を許されている存在。そんな辺境の植民星サン・パウロで、一匹狼の探鉱師ラモンは、酒の上の喧嘩で重要人物を殺してしまった。北の無人地帯へ逃げ出した彼は、そこで、この惑星に太古から隠れ住んでいた別の異星人と遭遇。彼らに捕まり、その一人、マネックとつなぎ紐で肉体的につながったまま、先にこの基地の存在を知って逃げた地球人を追うことになる――。
未開の森、ジャングル、川下り、逃亡者とは果たして何者なのか。ラモンの過去にはどんな秘密があったのか。などなど、わかりやすく力強い冒険SFである。色々と謎はあるものの、ストレートにストーリーは進み、ほとんどは主人公の人生の追体験と、はぐれ者たちへの共感、そして強大な権力への嫌悪で満ちた小説だ。ドゾアの世界設定が重奏低音となってよく響いている。
『恐怖』 北野勇作 角川ホラー文庫
ストレートなタイトル。薄い本で、改行も多い。同名のホラー映画のノベライゼーション。北野さん、ずいぶんと色んな仕事をやっておられる。
脳みそをむき出しにして、刺激を与えると幽体離脱したり、あっちの世界が見えたりするという話をベースに、マッドサイエンティストの母親と、自殺志願の娘とその妹。夢かうつつかわからないので、超自然的なことがあっても、そんなにホラーっぽくない。むしろ登場人物たちがみんなちょっとおかしいので、そっちが怖い。ぎょっとするようなシーンも少なくて、ある意味安心して読める。短いし、ちょっとイヤな感じになれて、夏の夜に読むにはちょうど良いのではないか。
『天冥の標 III アウレーリア一統』 小川一水 ハヤカワ文庫
毎巻雰囲気の変わるこのシリーズ。今回はスペース・オペラだ。
24世紀の太陽系、小惑星帯。いくつかの独立国があり、宇宙海賊が跋扈している。ノイジーラント大主教国の若き艦長アダムス・アウレーリアは、強襲砲艦エスレルを指揮して海賊討伐の任に当たっていたが、救世群の依頼を受け、伝説の動力炉、木星の大赤斑を駆動していたという異星人の異物、ドロテア・ワットの痕跡をたどることになる……。
うん、確かにスペース・オペラだ。宝塚の王子様っぽい美少年が、派手な宇宙船に乗り込んで、宇宙海賊と戦う話だものね。そこに前巻からつながる救世群や謎のAIや、太陽系を実質的に支配しているという保険機構ロイズ、そして羊たちがからんでくる。ところがストーリーそのものはけっこう地味だ。あんまり羽目を外した感はなく、きちんと本格SFしている。宇宙空間での戦闘といえば、一番納得のいく描写は谷甲州の航空宇宙軍史の、じみーな地味な時間のかかる戦闘なのだが、本書ではレーザー砲が中心の、リアルタイムで、あんまり軌道要素とか考えなくてもいいものになっている。むしろ、まさに昔の海賊映画のような、宇宙船に近接して乗り込む白兵戦が主役だ。無重力での白兵戦だから、こっちは結構力学的要素があって面白い。でも一番SF的にわくわくするのは、このストーリーの背後で展開しているもう一つの戦いの方だ。前巻から続いている断章が、今後の展開、それに1巻の謎へとつながっていく感じで、とても楽しみだ。
『LIMIT 1』 フランク・シェッフィング ハヤカワ文庫NV
分厚い4冊の長編の1冊目。1冊で1つの長編だが、全部読み終わるのはいつまでかかるかわからないので、とりあえず1冊目で感想を。
何というか、宇宙エレベータに月面ホテルといった道具立てのSFなのだが、1冊目はとにかく登場人物の紹介で終わりという感じ。伏線ばかりで何も事件は起こらない。えんえんと大金持ちたちの人間関係を語られてもうんざりするばかり。作者は明らかにSFファンなので、色々とSFファン向きのくすぐりが用意されてはいるのだけれど、長すぎる。前作が結構面白かったので、今回も期待はしているのだけれど、根気が続くだろうか。他にも読みたい本はいっぱい出ているからね。
『LIMIT 2』 フランク・シェッフィング ハヤカワ文庫
2冊目は1冊目とうって変わり、猛烈なスピードでアクションが展開する。まさに息もつがせぬ映画的なハイスピード・アクションの連続で、でも本当に映画で見たら目が回ってしまうかも知れないなと思わせる。
舞台は主に上海。月やカナダも出てくるが、本書の現場は上海の「特区」と呼ばれるスラム地帯。失踪した娘の捜索を依頼された探偵ジェリコ(本来はネット探偵だが、リアルワールドでも活躍する)は、彼女が特区に潜伏していることを突き止める。だが、彼女は謎の殺し屋に追われ、仲間の反体制活動家と共に、広大な廃工場で、ジェリコも巻き込まれての危機また危機に見舞われる。
この廃工場でのアクションがすごい。それが延々と続くのだが、まったく飽きさせず、ページをめくらせる。あんまりSFとは関係ないのだが、とても面白く読めた。そろそろ全体の構図の一部は見えてきたようだが、月での出来事がどう進むのか、それは3冊目、4冊目へつながっていくのだろう。2冊目の終わりはなぜかクリフハンガーではなく、ちょっと一息つける形になっているので、読む方もいったんお休みとしよう。
『年刊日本SF傑作選 量子回廊』 大森望・日下三蔵編 創元SF文庫
2009年の日本SF傑作選として短篇19篇(マンガ2篇も含む)を収録。
SFファンは自分が面白かったものは何でもSFだと呼びたがる、と言われる。ジャンルの枠を広げる意味もあるし、仲間のSFファンたちに、これも面白かったよ、読んでみればと勧める意味もある。多様性はいいことだと思うし、自分自身もどちらかというとそういうタイプだと思う。でも時には「片思い」という場合もあるわけで……。
SF大会で聞いた話ではあるが、普通の読者が「最近のSFを読んでみよう」と思って『量子回廊』なるごついタイトルの本書を手にしたとき、本当に自信を持ってこれが2009年の最良の日本SFなのだと言えるだろうか、ということだ。まあ、それはともかく、世間一般でSFといったら、結局「すこしふしぎ」であり、昔からホラーもファンタジーも奇想小説も、宇宙もロボットも超能力も、みんな「SF」だったのだ。いや、中途半端なSF論はやめておこう。
本書では田中哲弥の「夜なのに」、マンガの市川春子「日下兄弟」がずば抜けて面白かった。宇宙生命の出てくる市川春子はともかく、田中哲弥はどこがSFなのかと聞かれてもちゃんと答えられる自信がない。過去と現在が混交して、ほんのりとエロスと甘酸っぱさの漂う、とても気持のいい小説だった。他には皆川博子「夕陽が沈む」、八木ナガハル「無限登山」(マンガ、新城カズマ「雨ふりマージ」などがとりわけ印象に残った。第1回創元SF短篇賞の受賞作、松崎有理「あがり」は、良くできたSFだとは思うが、感想は選評とほぼ同じである。でも作者はこれが「バカSF」と呼ばれるとは思っていなかったと思うよ。今後、テーマの幅が広がれば、すごく伸びる可能性のある作者だと期待できる。