今月はブックレビューです。
朝日新聞に2009年4月5日から、2010年7月25日まで連載された、著者の読書にまつわる自伝的エッセイである。単なるバイオグラフィではなく、自身に影響を与えた本とのつながりで記載されている。作品数的に若い時代に偏りがみられるのは、本書の性格上やむを得ないだろう。
第1章は幼少年期、もともと本が大量にあった自宅、本好きの友人、親戚の家、疎開先(といっても、後に万博が開かれる千里山なので、大阪からほど近い)に持ち込まれた蔵書からと、さまざまな本が含まれる。これらはお話づくりを学ぶ基礎となった。トーマス・マン、ラファエル・サバチニ、ウェルズ、ニコライ・バイコフなどから、物語の面白さを抽出していくのである。忘れられた作品も多く、シンクレアやイバーニェスなどは、あいにく評者も読んだことがない。
第2章演劇青年時代、直接的な影響を受けたフロイドが登場する。この辺りから、小説外の影響作が現れる。著者が作品に生かせるのではないかと意図的に選んだ本から、特に重要なものを紹介しているからだ。ヘミングウェイ、ハメットらのハードボイルド、カフカの不条理小説からも著者は大きな影響を受けた。
第3章デビュー前夜、広告代理店に入社したものの、希望の企画の仕事には就けず悶々とする日々。ここで重要なSFと出会い(フィニイ、ディック、ブラウン、シェクリイ)、同人誌NULLを立ち上げる。メイラーの冷徹な戦争小説が『馬の首風雲録』となり、ブーアスティンのメディア論が「東海道戦争」に結実する。
第4章作家になる、これ以降は、強烈な印象を受けながらも、客観的に成果を取り入れるという時期に入っている。既に作家デビューしており、小説を技術的に評価できるようになっていたからだ。オールディス『地球の長い午後』が、奇怪な生物が山盛り登場する「ポルノ惑星のサルモネラ人間」に、阿佐田哲也『麻雀放浪記』がピカレスク小説『俗物図鑑』になる。
第5章新たなる飛躍、ラテンアメリカ文学との出会い(当時は“マジックリアリズム”が、文学やSF界でも流行語になった)。コルタサルやマルケス、ドノソらの作品は、30年後の今現在でもまだ生きている。一方、批評理論関係の著作を取り込んで『文学部唯野教授』のような作品も書かれた。しかし、この時期の終り1993年には断筆宣言が出る。連載で取り上げた本も、その手前で終わっている。
さて、本書は著者のターニングポイントとなった作品を取り上げている。著作と原型作品の意外な関係(例えば、ディケンズ『荒涼館』が『パプリカ』に影響した、など)も明らかにされており、興味深い。読書は個人のプライベートな経験と密接に絡み合っているため、同じ本を同じ時期に読んだからといっても、2人の作家が同様の影響を受けたりしない。少なくとも、同じアウトプットにはならないだろう。そういう意味で、本書も、筒井康隆の年譜と重ね合わせたときにより重要となる。
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