続・サンタロガ・バリア  (第106回)
津田文夫


 震災と原発災害の地から随分遠いところに住んでいるけれど、なんやかやと関わりのあることがあって、どうも気持ちが落ち着かない。3月はチェロを弾く友人が参加しているアマチュア・オケの年1回のコンサートに行き、ここでも黙祷をしてから演奏に入った。自分が担当しているミニ・コンサートでも毎回お客さんに黙祷をお願いしているけれど、それが段々辛くなってくる。ゴールデン・ウィークで賑やかになるのも悪くないかも。

 フルトヴェングラーのEMI録音CD21枚組が安売りだったので、買ってしまった。前にも書いたと思うけれど、昔大学の図書館のオーディオルームで、この指揮者がバイロイトでベートーヴェンの第9を振った演奏を聴いて以来、ずっと啓して遠ざけてきた。
 あれから30年余りが経つ内に、Youtubeでナチの将兵を集めて第9を演奏した映像をはじめ、フルトヴェングラーの映像や音を見聞きすることも普通になってしまったので、もういいかと思い聴き始めた。今のところ聴いたのはベートーヴェンの交響曲全曲と協奏曲ぐらいだけれど、もはや大学時代に聴いたときの衝撃は無くなっていて、チェロを弾く友人に言わせれば、「それって(当時の指揮者の)時代様式でしょ」で済ませられるような感覚で聴くことが出来るようになっていた。
 そういう気分で聴いたフルトヴェングラーの特徴は推進力重視、様式感軽視、低音重視(これは録音デザインの所為かも)というものだった。特に感じるのが推進力で、それは実際鳴っている音が常に次の音を先取りするような感覚である。ジャズではトニー・ウィリアムスのドラムがそんな感じで、もしかしたらチャーリー・パーカーもそうかもしれない。それは後ろ髪を引かれない音なのだ。
 で、今回聴いたベートーヴェンの交響曲全曲の中で面白く聴けたのが、フルトヴェングラーのベートーヴェンのイメージを形作る3,5,7,9(バイロイト・ライヴ)の奇数番号曲ではなくて、偶数番号曲、特に6番「田園」だった。この「田園」は非常に活きがよくて、ケンペやバーンスタインよりも面白く聴けた。長年の呪縛がほどけたおかげで、残りのCDを聴くのはとりあえず後回しだ。

 ハヤカワSFシリーズJコレの三島浩司『ダイナミックフィギュア』(上・下)は、ほぼ評判通りの1作。人間が操縦するタイプのロボットものとしては数多くの名作アニメと肩を並べる出来だろう。『シオンシステム』の伝書鳩レースのような意表を突く設定はなく、ひたすらオーソドックスに構成された力作。メインの舞台が香川県というのが面白い。これだけの長さをちゃんと読めるものにしたのは立派。ただ不満も多く、異星人テクノロジーの取り込みと2種類の異星人の存在は、東宝怪獣映画のオマージュなんだろうけど、十分な展開を見せていないし、多数の登場人物を描き分けることが出来ていない。特に主人公扱いの青年とその恋人役の書き込みが弱い。贅沢な不満だけれど、次回作への期待は高い。

 一筋縄ではいかない話のエリック・マコーマック『ミステリウム』は、語り/騙りが上手すぎて、読後が釈然としない為、全体像がイマイチぼけてしまう1作。話者が変わる物語後半の謎解き話が不気味で、なおかつ全然信用できないので、読んでいてとても不安定な気持ちにさせられる。ジーン・ウルフの『ケルベロス』を読後感に近いものがあるけれど、マコーマックはあからさまに騙るので、その点では安心?できる。こちらの頭が悪いだけか、やっぱり。

 気分転換の意味もあって森見登美彦『四畳半王国見聞録』に手を出す。アニメ化された『四畳半神話体系』に触発されたような連作短編集なので、いつものモリミーと言えそうだが、ちょっと伸びやかさが足りない気がする。これまでの作品に必ずあったトレードマークとも言うべき鮮やかなシーンが弱いのだ。モリミーにしては、タメする理屈が勝っているのかもしれない。

 よく考えたらこれまでの邦訳作品作品をまったく読んでないウィリアム・コッツウィンクル『ドクター・ラット』は、伝説の作品を名乗るだけのことはある1作。ドクター・ラットの視点から語られる大学の動物実験所の描写はすさまじいまでに冴えていて、いつまでも印象に残るだろう。その狂気と憎しみが汪溢する荒々しい書きっぷりは、大いなる呼び声に応えて一つになろうとする動物たちのエピソードを蹴散らして読むものを圧倒する。コッツウィンクルは、これを書かずにいられないほど人間に絶望していていたのか、それとも狂気を描写できることに酔っていたのか判然としないくらいだ。

 次回に感想を書く予定だったサム・ウェラー『ブラッドベリ年代記』を読み終わってしまったので、オマケに書いておこう。全体的な印象は書き方がブラッドベリに寄り添いすぎていて、やや生ぬるい伝記というところ。しかし、「闇のカーニバル」から「白鯨」までの100ページあまりは、ブラッドベリの大躍進を描いて素晴らしく、読んでいてワクワクする。この年代のSF作家にはユニークなもしくはエキセントリックな人生を送った者が多いとは思うけれど、ブラッドベリがひときわユニークな存在であったことはこれを読めば得心がいく。


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