ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜058

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その十九) F・クジマーク(カート・シオドマク)/浅野玄府訳「毒蠅地獄」+「『人波』放送」

 おっさんの若い頃はシオドマクゆーたら、弟のカートはんの方やったんやがのお。今の子らはお兄ちゃんのロバートはんの方かいのぉ。ま、ロバート・シオドマク Robert Siodmak(1900〜1973)ゆーて騒いでいる若い奴って、そないにはおらんか。シオドマク兄弟ゆーたら、まあコーエン兄弟みたいなもんでのお…って大嘘。

 カート・シオドマク Kurt→Curt Siodmak(1902〜2000)といえば、中田耕治訳のハヤカワ・ファンタジイ→ハヤカワSFシリーズな『ドノヴァンの脳髄』Donovan's Brain(1942)、矢野徹訳のハヤカワSFシリーズ『ハウザーの記憶』Hauser's Memory(1968)でのみ知られてきたわけだが、前者のジュブナイル版、内田庶訳『人工頭脳の怪』あかね書房&大伴昌司訳『呪われた怪実験 : 脳人間』秋田書店のおかげで、わりかしポピュラーな作家だった気が。

 <科学画報>1926年10月1日に掲載されたF・クジマーク「毒蠅地獄」ってのはアフリカ探検に出かけたマイヤア・マイアー教授はドイツに巨大な卵を四個持ち帰ってきたのだが、ほったらかしにして別の研究をしていたら孵化してしまって、中から巨大な蠅がっ、わあ、大変。という話。蠅の繁殖力を考えると、大変なことに…。がくぶる。ということで軍隊と巨大な蠅との戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
 ところで、クジマークって誰だよっ。ということになる訳だが、「毒蠅地獄」を読んで、これって<アメージング> Amazing Stories, July 1926に載った「タンガニイカから来た卵」The eggs from lake Tanganyika じゃね、と気がついた人がいたんですねえ。言われてみれば確かに、タンガニイカ湖から卵が来るは話だし、アメージング1926年7月号表紙はバート・I・ゴードンが泣いて喜ぶ(そおかぁ?)巨大ハエの雄姿。
 ちなみに、『日本SFこてん古典』の集英社文庫版(1985年)所載の会津信吾氏の年表では、クジマークとのみあるが、現物表記を優先させたってことか、この頃はまだ判明してなかったのか。

 しかし何故に、シオドマクじゃなく、クジマーク。おそらくこの翻訳は<アメージング>経由ではなく、ドイツ雑誌掲載版からの訳で、そこでの名義がクジマークだったんだろうとは推測されてはいたものの、詳細は長らく不明であった。
 ブライラーのアーリー・イヤーズにはドイツ版の情報はなく、後に出た続編のガーンズバック・イヤーズになってようやく「Die Eier von Tanganyika See(Scherl Magazine, perhaps 1926)」と推測をまじえた記述がなされている。
 それが時は流れて、最近はネットに初出データが出るまでに。ううっ。F.Cusimak 名義で Scherl's Magazin の1926年4月号に Die Eier von Tangayika として掲載されておったそうな。

 で、もう一篇。「『人波』放送」はクルト・ジオドマク作品として<科学画報>1926年12月1日に同じく浅野玄府訳で掲載。
 「P.M.14235αV.は立体鏡の前に立つて、スモーキング服の肢体にぴたりと合つた自分の立姿を満足げに見やつた。」と始まる同作は、電波による人体転送技術の発達した未来を描く一篇。現物が確認できていないのだが、原作は同じ Scherl's Magazin 1926年2月号掲載のWelle Mensch, eine Geschichte aus dem Jahre 2026 らしい。
 いや、レトロ・テイストなサイバー・パンクなんで、この際、どっかで復刻か新訳を出せばいいのでは。
 古典SF(驚異の旅やらサイエンティフィック・ロマンス)をオリジナル・スチーム・パンクとして新作スチーム・パンクと並列させてマネタイズ、って発想もあるような気がするけど商売になっとるのかねえ。
 スチーム・パンクだと明治だろっ、昭和ノスタルジーなところを射程に入れるには、もう少し別のレッテルがあった方がいいんじゃね。海野十三を売り出すには、バキューム・チューブ・パンクあたりでどうか(ガーンズバック・コンティニュイティでがんばった方がいい?)。って感覚なんだが、そんなのを気にするのはおっさんだけで、若者にしたら明治も昭和も同様に「古いっ」から無問題なのかっ。

 そういやシオドマクの新刊(Skyportの翻訳)が予告されてたんだよねえ。映画化あわせの企画で映画が来ないので塩漬けのままウヤムヤになったんやろか?

 なお The eggs from lake Tanganyika は、海野十三も蠅ネタ掌編集「蠅」<ぷろふぃる>1934年2月〜3月の第一話としてダイジェスト版「タンガニイカの蠅」を書いている。海野ならば<科学画報>を読んでいそうなもんだが、そこんとこは気にならなかったのか。多分<アメージング>経由で、自作に取り込んでいるような気はするが。

 ということで、この機会に思いだせる限りの戦前のアメージング翻訳(案)作を備忘ってことでリストアップしておこう。
 1980年代には、ストリブリングの無茶苦茶な抄訳があるのと、<アメージング>の表紙を元にした<少年世界>の表紙がある、ってのに驚いていたぐらいで、あまり戦前訳は知られていなかったようなんだけれど、90年代にはかなり<アメージング>からの訳が特定されるように。
 その後のブライラーのガーンズバック・イヤーズの刊行と近年のネット情報の充実で、生きのいい若者がいろいろ掘り出してそうなもんやが、俺が知ってる、というか思いだせたのは下記のものぐらい。

"The eggs from Lake Tanganyika" by Curt Siodmak (July 1926)1-4
"The man with the strange head" by Miles J. Breuer (January 1927)1-10
"The green splotches" by T. S. Stribling (March 1927)1-12
"The visitation" by Cyril G. Wates (June 1927)

(May 1928)→<少年世界>1930.4表紙

"The head" by Joe Kleier (August 1928)3-5
"The eternal professors" by David H. Keller (August 1929)4-5
"A baby on Neptune" Clare Winger Harris with Miles J. Breuer (December 1929)4-9
"Reaping the whirlwind" by Alfred I. Tooke (December 1930)5-9 二種類
"Anachronism" by Charles Cloukey (December 1930)5-9
"The thing that walked in the rain" by Otis Adelbert Kline(March 1931)5-12
"On board the Martian Liner" by Miles J. Breuer (March 1931)5-12
"The cerebral library" by David H. Keller (May 1931)6-2 二種類
"The rat racket" by David H. Keller (November 1931)6-8

(July 1932)→<子供の科学>1932.10表紙

"Space-rocket murders" by Edmond Hamilton (October 1932)7-7

 Astounding掲載作として戦前訳が知られるのはカミングスだけなので、『月面の盗賊』は単行本経由ですかねえ。ハンシュタインもWonder Stories Quarterlyではなく単行本経由かな。Ralph Strangerは年代的にWonder Stories 経由でないルートを想定する必要があったような…。Otis Adelbert Kline はもう一つ確認されてたんだっけ。

 ともかくまあ、ヘンなとこばっかり拾ってきてるよねえ。どういう許容範囲だったんだ>戦前の日本人。
 結構、数もあるし、単行本作ればいいのに、と会津翁に言ったら、本買った人が怒って焼き討ちに来たらどうすんだよ、と冷静に返されました。いや、戦前のパルプ小説に誰も「美味」なんか求めてませんよ。キョーレツな「珍味の詰め合わせ」ってことで是非。
 え、俺っ。やりませんよ。焼き討ちされる側じゃなくて、焼き討ちする側に回らなきゃね。って、お前かーっ。

 ところで Stribling を訳した岡田光一郎って、東京外国語学校の露文を出て実業之日本社で編集をやってた岡田光一郎と同一人物? この人、競馬マニアでしかも、血統の研究をしてた人なんですよね(だから「緑色の血液」?)。昭和40年代の競馬雑誌に原稿が並んで載ってたりするので、山野浩一先生と交流があったんやないかと思うんやが、まあ、SFの話はしてそうにないか。


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