ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜067

フヂモト・ナオキ


ロシア編(その十) マヤコフスキー/杉本良吉・上田進訳「南京虫」Клоп

 なんか雑用に追われて、調べ物が何もできない今日この頃。ということで、調べるのはあきらめて、そこいらにある作品を単に読んでみる回。

 ということで、マヤコフスキー Владимир Владимирович Маяковский(1893〜1930)の「南京虫」だけれど、ざっと見まわすと、邦訳は

 もっとありそうな気はひしひしするがハテ。しかしこうしてみると、もうずっと流布本がないんやねえ。図書館へ行けば読めるけれど、街じゃあんまし見かけんのぉ、って類の作品か。
 ネット(青空文庫)には、マヤコフスキーの死の直後に劇を見た宮本百合子の感想(「ソヴェトの芝居」)&それを取り込んだ作品(「道標」)がある。

 1958年と1965年の小笠原訳(マヤコフスキー選集だと関根弘との分担がよくわからんのだが)の最初を比べてみたが、多少、漢字が開かれてたりする程度の異同やね。念の為、「ミステリヤ・ブッフ」ってどないだ、と見まわすと、全然違った並びに。マヤコフスキーという作家単位じゃなくて、作品単位で入って来とったんか。

※『長谷川四郎全集』の解説によれば「奇想天外神聖喜歌劇」は昇曙夢訳に基づくとあるが、長谷川四郎「『ミステリヤ・ブッフ』作者の言葉」には佐藤恭子訳への言及があるので、1967年時点で既に佐藤訳がどこかで発表されてたか、稿本が長谷川の手元にあったと思われる。

 さて「南京虫」。

 杉本良吉・上田進訳

「御亭主の留守の間の退屈しのぎに、奥さん、この本は如何で! 故レフ、ニコラエヰツチ・トルストイ伯の愉快な逸話を百五つ集めた本でございます。お値段は二十ルーブリといふことになつて居りますが、今日は特別清水の舞台から飛んだ積りで、ははい、ただの十五カペツク。」

 小笠原豊樹訳

「御主人はお出掛けになった。奥さんは家庭にあって何をするか。これを読みなさい、元伯爵トルストイ閣下の興味津々の物語が、百と五つも入ってる本。定価は一ルーブリ二十カペイカだが、本日は大まけにまけて十五カペイカ。」

 と、戦前訳の方がこなれてるが、唯一楽しい、スチーム・パンクな電子投票システム…と読めるところが杉本・上田訳だと、何かわからんところが残念。どうもスイッチ操作で鉄製の腕を挙手させる機械らしい>投票器械。

 って、そんなもん何の役に立つんだよ。いや、子供を抱えてあやしてる人が、ちょいとスイッチをおして議決に参加できるやん、…ということのような気がするが、違うかもしれん。

 物語は結婚披露の宴会で、馬鹿騒ぎをやって火事で一家全滅と思ったら、そこに放水した水が凍ってできた氷塊の中に新郎が閉じ込められていて、それが未来社会に復活させられたが…、って話だが、読んでみると、意外にSF度は低い。

 マヤコフスキーといやぁ、なんかこわもてする研究書が出てるんで、「南京虫」も、とってもありがたい作品なんやと思いこんでたが、革命の狂騒を舞台上に乱痴気騒ぎとして転写してみました、といった印象。どうも本領は詩の方にありそうな気が。


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