『サンリオ文庫総解説(仮)』という本が、本の雑誌社から出ます。文字通りの総解説です。自由国民社が出していた『世界のSF文学』と同様、作品紹介に重点を置いた解説書。とはいえ、(一部を除いて)世にない本が対象なので、単純なブックガイドではありません。執筆者によって、書き方はさまざまでしょう。なぜこんなものが今ごろ出るのかというと、「本の雑誌2013年10月号」のサンリオ特集が好評だったからのようです。ではなぜ特集号が好評だったのか、ネット情報が少ない/内容は良く分からない/古書価だけが話題になる謎めいたサンリオ文庫レジェンドの全貌を知りたい人が多いのかも知れません。まあ真因はともかく、伝説が生きているうちに、売れるモノなら売ってしまえと…。
執筆者は、監修者大森望、牧眞司の他、池澤春菜、大野万紀、岡本俊弥、風野春樹、片桐翔造、北原尚彦、水鏡子、代島正樹、高橋良平、田中啓文、酉島伝法、中野善夫、中村融、西崎憲、西田藍、橋本輝幸、林哲矢、姫榊楓、福永裕史、藤原義也、三村美衣、柳下毅一郎、山形浩生、山岸真、若島正、渡辺英樹という、総勢28名の大陣容。年齢的には高橋良平、若島正さんあたりが少し上ですが、直接サンリオに関わったメンバーとしては、評者や大野万紀、水鏡子あたりが最年長でしょう。40代くらいの人にとっても、もはや古代の遺跡を見るようなものか。池澤春奈がウリですね。
ということで、今回はサンリオ文庫のデータに基づく分析をしてみます。データに現れる事実のみを記載します。研究不正はありません(たぶん)。
ここで、リファレンスとしてハヤカワ文庫のデータを並べてみます。当時ハヤカワ文庫はサンリオ文庫の登場に危機感を抱き、出版内容で負けないように対抗処置をとっています。結果的にサンリオは売れず、年間出版点数を減らしていくのですが、そこには両社の体制の違いが見えてきます。下のグラフを見てみましょう。1981年までほぼ1対1.5程度で進んでいた出版点数は、1982年以降1対2.5程度に差を広げています。しかし、その中身を見てみると、ハヤカワ文庫の約4割強は、過去の再刊(リプリント)やペリー・ローダンが占めていることが分かります。例えば、1978年はハヤカワの26冊中18冊が再刊+ローダンです。再刊はハヤカワSFシリーズや、海外SFノヴェルズの文庫化が大半ですが、出版点数を稼ぐためのストックの豊富さが、すぐに出てこない翻訳の穴を埋めていることが良く分かります。また定評のある名作も多く、純粋な新人よりも販売数量が安定していたと思われます。
ちなみにサンリオの作家別出版点数は197冊に対し85人=1人あたり2.3冊、ハヤカワは433冊に対し150人=1人あたり2.9冊なのであまり差はありません。出版点数で見た場合、サンリオを代表するものはやはりディックで21冊出ています。この21冊というのは、今年7月時点での創元SF文庫でのディック点数と並び、数の多いハヤカワ文庫SFでも28冊なので、実に30年前に同一の水準だったわけです。この時期のハヤカワを代表するものは、まず《ペリー・ローダン》90冊、《宇宙大作戦》18冊、《銀河辺境》10冊などでしょうか。これらシリーズもの148冊と、リプリント83冊で半数を占めます。
次に原著の出版年を比較します。翻訳権を取る際は、よほどの理由(隠れた名著、人気作家の未訳本など)がない限り、新しいところから取ることが多いようです。古い作品は中身も古めかしくなり売れないからです。サンリオ文庫でもラインアップを企画したとき、そういった新しさが意識されています。山野浩一顧問が好んだニューウェーヴというのなら60年代なのですが、その年代は多くありません。一方のハヤカワ文庫は、先にも書いたように、再刊は原著50-60年代中心、ペリー・ローダンの場合、ドイツで週刊で書かれていたものを日本では月刊で刊行した関係で、翻訳90冊すべて60年代カウントになってしまいます。『ニューロマンサー』など最新作が翻訳される最後期(1986年)になって、ようやくこの古さは緩和されます。
次に翻訳者ですが、これこそ2社の違いを明確に表しています。上がサンリオ文庫、92名の翻訳者が担っていました。197冊を92人=1人あたり2.1冊です。下のハヤカワ文庫は76名で、サンリオよりだいぶ少ないのが分かります。433冊を76人=1人あたり5.7冊です。労働生産性でいえば2倍違いますね。サンリオはプロの翻訳者の確保が難しかった関係で、大学の先生に委託したものが多くなりました。そのため翻訳のスピードには限界がありました。それに対して、ハヤカワの場合はそもそも毎月1冊ペリー・ローダンの翻訳ができる松谷健二と、《宇宙大作戦》(スタートレック)の斎藤伯好など、上位10名で63%を占めているというプロの布陣が強力でした。中でも、松谷健二がもしサンリオに移籍していれば(そんな可能性はありませんでしたが)互角になったのですから、数量面でのペリー・ローダンの存在感には大きな意味があります。それに比べると、サンリオの上位10名は38%にすぎません。
また、サンリオ翻訳の悪さを風聞で指摘する人も多いのですが、一般論とは言えません。そもそも翻訳者が多いので、ある程度のばらつきが出るのはやむを得ないでしょう。中にはハヤカワ以上の優れた翻訳もあります。
最後は解説者の比較です。ここでも両社の違いがあります。サンリオの場合はKSFA系(安田均、米村秀雄、水鏡子、津田文夫、大野万紀、岡本俊弥)とNW-SF系(山田和子、大和田始、野口幸夫)の解説者が多くなります。この場合、翻訳者と解説者が異なります。一方のハヤカワの場合、単独の解説はまだ少なく、訳者解説が主体です。松谷健二の場合、解説とエッセイが入り混じった内容ですが、毎月必ず書いているのが特徴です(スーパーマンですね)。浅倉久志は翻訳と、書誌情報など通常の解説をペアにしていました(再刊15冊分が含まれます)。斎藤伯好、岡部宏之、小隅黎らも主に訳者解説です。単独の解説者では、高橋良平、安田均、大野万紀、谷口高夫が多く、後に主流となる山岸真らは10位以降で続きます。H・Kとあるのはハヤカワ文庫の編集者。他にもE・K名義のものなどが見られます。
注:このデータをまとめるにあたっては、サンリオ文庫全データ、SF文庫データベースを参照させていただきました。
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