『過ぎ去りし日々の光』(クラーク&バクスター)書評
大野万紀
早川書房「SFマガジン」01年2月号掲載
2001年2月1日発行
たった一つのアイデアから発展させたガジェットが、ここまで大きく感動を呼ぶ物語を作り出すことができる――本書は、そんなSFの優れた見本である。
現場を目撃する。この目で見る。もしあの時の、あの場の光景を実際に見ることができたら……。どこであれ、望むままに現在や過去の光景を見ることのできる装置。ボブ・ショウのスロー・ガラスより遙かに自由度が高く、クラークとバクスターがハードSF的なアイデアをたっぷりと注ぎ込んで作り上げたその装置〈ワームカム〉は、ひとことでいって、神の視線そのものである。この誰でも一度くらいは想像したことがあるだろうガジェットを用いて、クラークとバクスターは、ボブ・ショウがいくぶんセンチメンタルに描いたアイデアを、これでもかというくらいに徹底的に追及し、そのおぞましく、恐ろしい側面をも明らかにする。
プライバシーのまったくない世界。あいまいさが許されず、ささやかな隠し事すら不特定多数の視線の前にさらされてしまう世界。こんな世界が訪れたら、社会は、人々の暮らしはどうなってしまうのだろう。だが驚いたことに、人間はそんな生活にも適応してしまうのだ。歴史の真実が曝露され、破壊的なショックが社会を襲うが、いっときの狂騒が過ぎ去ると、人々は穏やかな諦観の中で、現実への妥協とささやかな英知を取り戻す。
これはまあ、バクスターの悲観とクラークの楽観のちょうど良いブレンドといえるのかも知れない。個性の強い主人公たちの織りなす複雑な人間関係も、いつもならちょっと敬遠したいところだが、本書ではテーマを深めるのにしっかり効果を上げている。
前半でいきなり人類には未来がないことが明らかになったり、刹那的な社会にこの発明がもたらす変革が、暗いトーンでスペキュレーションたっぷりに描かれるので、これはもうすっかりバクスターだなと思ったのだが、いやいやクラークも負けちゃいない。結末へ向けての怒濤のセンス・オブ・ワンダーには、あれよあれよというばかり。手塚治虫かステーブルドンかというくらいのものだが、バクスターもクラークも、根っこは同じイギリス作家だということだろう。悠久の時間をテーマにしたこの壮大で哲学的なビジョンには、紛れもない古き良きSFの感動がある。
2000年12月
過ぎ去りし日々の光
アーサー・C・クラーク & スティーヴン・バクスター
冬川亘訳
ハヤカワ文庫
2000年12月31日発行
ISBN4-15-011338-6 C0197
ISBN4-15-011339-4 C0197
THE LIGHT OF OTHER DAYS (2000)
by Arther C. Clarke and Stephen Baxter