50年代SFの幻視者たち ロバート・アバーナシイほか

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」99年2月号掲載
 1999年2月1日発行


 昨年のSFマガジンのオールタイム・ベストで、ベスト10の半数以上が50年代のSFだった。90年代も終わろうとしている今日、50年代SFは、われわれSFファンの多くにかくも強い印象と支配力を残しているものなのだ。

 詳しくは他の論者に譲るとして、50年代SFは、現在のジャンルSFの多様性を作り上げる基盤となったものである。SFのもつテーマや視点の自由さ、奔放なアイデア、批評精神、都会的ユーモア、(科学性はもちろんのこと)そういった特性は、この時代にひとつの完成を見たといっていい。そのことは、50年代の豊穣な短編の数々を見ればさらに明確となるだろう。

 さて筆者が依頼されたのは、50年代SFの中から忘れられた傑作を発掘し、光を当ててほしいということだった。しかし、いざやってみると、これはとても大変な作業だとわかった。そこでここでは(決して忘れられているわけではないが)日頃言及されることが少ない作家を、筆者の思いつくままに列挙してみることでその代わりとしたい。

ロバート・アバーナシイ
 「空間の底」(SFM66年5月号)「ジュニア」(『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』創元推理文庫)「おばあちゃんの嘘つき石鹸」(SFM69年11月号)などが有名かな。「生態ピラミッド」(奇想天外81年1月号――大野万紀訳)なんてのもあります。アバーナシイは40年代後半から50年代半ばまでを中心に活躍した作家。異星の奇妙な生物やその生態を描く短編SFを得意とし、それが結末のひねりで進化や文明といった大きなテーマに広がっていくのが気持ちいい。筆者にはけっこう思い入れのある作家である。

チャド・オリバー
 昔は日本でも人気作家のひとりだったと思うのだが。『時の風』(ハヤカワSFシリーズ)『太陽の影』(ハヤカワSFシリーズ)といった長編、「吹きわたる風」(SFM90年10月号に再録)「雷鳴と陽のもとに」(SFM62年1月号)などの短編で有名。人類学者でもあり〈人類学テーマSF〉の創始者ともいわれた。ヒューマンなタッチの作品が多く、筆者も昔読んだときには感動したものだ。

キャロル・エムシュウィラー
 SFイラストレーターのエド・エムシュウィラー夫人だった彼女の短編は、「順応性」(SFM90年10月号に再録)「狩人」(『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』創元推理文庫)「ベビイ」(SFM60年7月号)など、どれをとっても機知に富み、刺激的で、むしろニューウェーブの作家に近い感覚があったと思う。伊藤典夫氏が高く持ち上げていたので、筆者らも、なるほどすごいとかいいながら読んでいた。50年代SFの多様さを示す作家のひとりだと思う。

マーガレット・セントクレア
 「光、天より墜ち……」(『魔女も恋をする』集英社文庫)「胸の中の短絡」(NWSF9号)などが印象に残っている。サンリオSF文庫からは『どこからなりとも月にひとつの卵』という謎めいたタイトルの短編集も出ていた。長編の『アルタイルから来たイルカ』(ハヤカワ文庫SF)もいいが、60年代の作品だ。〃個性的で詩情あふれる〃(メリル)と評される作風だが、「胸の中の短絡」はあのレムが絶賛したロボットSFとして有名。

クリス・ネヴィル
 この人はもう「ベティアンよ帰れ」(『世界のSF現代編』早川書房)一作で忘れられない作家となった人。後は「ヘンダースン爺さん」(SFM64年9月号)「礼拝の夜」(SFM71年4月号)くらいかな。「ベティアンよ帰れ」は超能力変身美少女ものというか、今も昔もSFファンの男の子はこういう話に弱いんじゃないだろうか。

ワイマン・グイン
 「危険な関係」(『空は船でいっぱい』ハヤカワ文庫SF)「空飛ぶヴォルプラ」(SFM66年10月号)「ゼロの発見」(奇想天外80年9月号)など。いずれも傑作。「危険な関係」は50年代を代表する心理学SFと呼ばれている。「空飛ぶヴォルプラ」と「ゼロの発見」はうって変わって何とも嬉しくなるマッド・ユーモアSF。「ゼロの発見」は(自分で訳したからいうわけじゃないが)さらに数学SF的な味付けもあって、大好きな作品だ。

J・T・マッキントッシュ
 『300:1』(ハヤカワSFシリーズ)で有名なイギリス作家。でも「プレイバック」(『時と次元の彼方から』講談社文庫)「第十時ラウンド」(『魔女も恋をする』集英社文庫)「メイド・イン・U・S・A」(SFM65年3月号)などの短編も印象深い。ヒューマニズムにあふれ、前向きでロマンティックというのは、今では古めかしいということになってしまうのだろうか。

 枚数がなくなってきたので、以後駆け足で……。

エドガー・パンクボーン
 『観察者の鏡』(ハヤカワSFシリーズ)がけっこう評判だったと思う。

ジェローム・ビクスビイ
 「きょうも上天気」(『救命艇の叛乱』文化出版局)はホラーSFの傑作。「火星をまわる穴・穴・穴」(『ギャラクシー』創元推理文庫)はとんでもないアイデアのマッドSF。

チャールズ・L・ハーネス
 「現実創造」(SFM90年10月号に再録)は今でいうとマッドなハードSFとなるのか。強烈なアイデアと論理性で、ファンも多い。もっと翻訳されればいいのだが。

ウォルター・テヴィス
 「ふるさと遠く」(ハヤカワ文庫SF)は短いが忘れられないロマンティックな一品。

マーク・クリフトン
 「思考と離れた感覚」(『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』創元推理文庫)など。50年代を代表するといわれる作家のわりには翻訳が少ない。

レイモンド・F・ジョーンズ
 「騒音レベル」(SFM64年11月号)はハードSFの傑作。『星雲から来た少年』(講談社)などのジュヴナイルで知っている人も多いだろう。

 印象に残る作家を羅列するだけでも、まだまだ書き足りなかった。このリストから抜けている人も多い。入手しにくい作品ばかりだが、古本屋などで見かけたら、ぜひ手にとって読んでみていただきたい。

 1998年11月


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