「世代別SF作家ガイド111」より

 大野万紀

 早川書房「SFが読みたい! 2016年版」掲載
 2014年2月15日発行


○第三世代 : 1980年代デビュー

■谷甲州  七九年「137機動旅団」でデビュー。八七年星雲賞短篇部門、九四年『終わりなき索敵』で長篇部門受賞。九六年『白き嶺の男』が新田次郎文学賞受賞。
 谷甲州の代表作といえば、〈航空宇宙軍史〉シリーズである。デビュー作以降、いくつもの中短篇と長編で現在まで書き続けられているハードな宇宙SFのシリーズだ。その特徴は、とにかく地味な作風ながら、おそろしくリアルで読み応えがあり、深くしみじみとした感動を呼ぶことにある。ひとことで言うならば、働く大人の、現場の感覚を描いた作品なのである。その感覚は、よりエンターテインメント色の強い〈軌道傭兵〉シリーズや、『星を創る者たち』に集められた〈宇宙土木SF〉と呼ばれる作品群はもちろん、九一年から現在まで続く〈覇者の戦塵〉のような架空戦記のシリーズでも共通している。そして、その現場で工夫し苦労する人々とは、組織に属してはいても常に自分の頭で考え、自分の手を動かして問題を解決し、可能な技術で少しでも事態を前に進めようとする自立した人たちなのである。それはかつて青年海外協力隊員として活動した著者自身の姿なのかも知れない。作者はまた文学賞を受賞した評価の高い山岳小説を始め、歴史小説や冒険小説の分野でも活躍している。最近作の『コロンビア・ゼロ』は、二〇年ぶりの〈航空宇宙軍史〉の単行本であり、シリーズの新展開を予感させて終わる。
『コロンビア・ゼロ』  第一次外惑星動乱が航空宇宙軍の勝利で終結してから四十年、次の戦争の予兆といえる小さな、だが歴史の断片となるような事件が続く。そして、再び太陽系に戦乱が……。

○第四世代 : 1990年代デビュー

■川端裕人  九五年ノンフィクション『クジラを捕って、考えた』でデビュー。小説は九八年のサントリーミステリー大賞優秀作品賞の『夏のロケット』がデビュー作。
 川端裕人の作品は伝統的な意味でのSFとは少し違うかも知れないが、まぎれもなくサイエンス・フィクションであり、科学小説、理科小説である。日常の風景、どこにでもある自然、人々の営み、それを科学の目で見るとき、より大きなシステムへ、生命・社会、地球、さらに宇宙までもつながり、果てしなく広がっていく。そこには最良のSFと同じセンス・オブ・ワンダーがあり、ロマンがある。初期の『夏のロケット』『リスクテイカー』『THE S.O.U.P』などでは工学やIT技術から広がる未来像が描かれ、傑作『川の名前』『今ここにいるぼくらは』、そして気象SFともいえる『雲の王』などでは、当たり前で日常的な風景が、ふいに宇宙的で普遍的な世界と接続する。とりわけ子どもたちが主人公の作品では、その発見が瑞々しく楽しく、嬉しい気持ちになる。動物園や子育て、さらにPTAや教育問題まで、幅広く興味を持ち活躍している著者だが、最近作の『天空の約束』は『雲の王』の続編であり、ファンタジー的な要素が科学的な世界観と溶け合って、独特な詩情をかもし出している。室内に積乱雲を作り出す芸術など素晴らしい。SFファンなら結末の「分教場」にあの作品の印象が重なるだろう。
『雲の王』  気象台に勤務するヒロインには大気の動きを感覚的に知り、天気を予測できる能力があった。彼女の家族にも同じ能力があり、やがて彼女たち一族の秘密が明らかになる……。
■野尻抱介  九二年『ヴェイスの盲点』でデビュー。星雲賞日本長編部門を『ふわふわの泉』『太陽の簒奪者』で、短編部門を「大風呂敷と蜘蛛の糸」など5編で受賞。
 〈クレギオン〉や〈ロケットガール〉といったライトノベルのシリーズであっても、野尻抱介のSFにはしっかりしたハードSF的な背景があった。科学的・技術的なディテールをこつこつと積み上げて、地味だがリアルな未来像を作り上げるという意味では谷甲州らと同じだが、それをするのが汗くさい大人の男ではなく、キャピキャピの美少女たちだというのが決定的な違いだ。その発展形が〇一年の傑作『ふわふわの泉』だろう。クラークへのオマージュでもある確かなハードSFでありながら、主人公は普通の女子高校生。まったく気負ったところがなく、まさに「ふわふわ」と自然に世界を変えていく。実に楽しく、いわば地に足のついた「軽み」が魅力的だった。〇二年の『太陽の簒奪者』はより本格的な宇宙SFだったが、ここでもその魅力は引き継がれている。その後、ニコニコ動画などのネット活動に軸足が移ったように思える著者だが、〇七年『沈黙のフライバイ』や最近の『南極点のピアピア動画』のような短篇集には、さらにその進化した姿が見られる。女子高校生ではなくても、ごく普通のゆるふわな若者たちが、未来を見据え、小さなことから挑戦して遙かな高みへと到達する。まさにSFならではの感動だ。
『太陽の簒奪者』  高校の部活で水星を観測していた亜紀はそこに巨大な建造物を発見する。やがてそれは太陽を覆い、地球は滅亡の危機を迎える。成長した亜記はこの危機に立ち向かうが……。

○第五世代 : 2000年代デビュー

■小川一水  九七年河出智紀名義でデビュー。〇四年『第六大陸』と一四年『コロロギ岳から木星トロヤへ』で星雲賞日本長編部門、〇六年と一一年に同短編部門受賞。
 代表作の〈天冥の標〉シリーズは人類のみならず宇宙全体の歴史を描こうとする超大作であり、〇九年の第一巻から書き続けられ、現在第九巻のパート一まで来ているが、まだ未完である。この物語は近未来の疫病禍から数百年後の太陽系へ、そして八百年後の未来へと、いくつかの系統に分かれた人類の愛と闘いの歴史を綴っていくが、その背後にはさらに壮大な、宇宙における知性体の物語が描かれる。SFのあらゆるテーマが現れているといっていいが、大きくいえば、個々の人間とその社会をシリアスに見つめて、あり得べき姿を前向きに模索していこうとする方向性と、もう一つ、恐ろしく巨視的な観点から生や死、進化や滅亡を眺め、それをポップで軽やかな語り口で、現代の神話として語ろうとする方向性とがあるようだ。それは著者の他の作品にも共通した二面性である。〇八年『妙なる技の乙女たち』や〇九年『煙突の上にハイヒール』での近未来の日常の中で前向きに生きる若い女性たちの姿には前者を、〇五年『老ヴォールの惑星』の表題作や一一年『青い星まで飛んでいけ』のいくつかの作品には後者の要素を強く感じることができる。SFの持つシリアスな面とポップな面、その両面を描ける作家なのである。
〈天冥の標〉シリーズ  始まりは突然発生した疫病だった。それがやがて人類を分断し、いくつかの勢力と合流して、太陽系を揺るがす大きなうねりを生じ、そして宇宙の運命とも関わっていく……。
■森見登美彦  〇三年『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。幻想的な作風だが、一〇年『ペンギン・ハイウェイ』では日本SF大賞を受賞した。
 著者のキーワードは、京都、大学生、異次元、和風な幻想、そして竹とタヌキだろうか。〇五年の『四畳半神話体系』、〇六年の『夜は短し歩けよ乙女』、〇七年『有頂天家族』、〇九年『宵闇万華鏡』、一三年『聖なる怠け者の冒険』と、細部は異なるがほぼ共通の背景をもつ作品群がそうだ。とりわけ傑作『夜は短し歩けよ乙女』や『宵闇万華鏡』の幻想世界は、美しく妖しく、ヘタレな学生たちのモラトリアムな青春の暗さや切なさとは対照的に、きらびやかな夜の京都の奥深い怪異を堪能させられる。ファンタジーには違いないが、表の世界と裏の世界が入り交じり、ひとつの事象にいくつもの現実があって、それらが入れ子になって多世界を構成するという世界観には、とてもSF的なものを感じる。だがSFの代表作といえばSF大賞を受賞した『ペンギン・ハイウェイ』だろう。こちらに京都の怪異やアホな大学生は出てこないが、代わりに小学生の理科少年とおっぱいの大きな謎めいたお姉さんが登場し、夏休みの不思議な冒険が語られる。この物語は日常の少し不思議から始まるが、その先には『ソラリス』的な本格SF的飛躍が待っている。その他、人間に化けたタヌキの活躍する『有頂天家族』のシリーズも楽しい。
『ペンギン・ハイウェイ』  夏休み。郊外の住宅地に住む小学四年生の理科大好き少年は、同級生たちと街の不思議を探る。そこへ突然現れるペンギンたち。森の奥にはさらに奇妙なものが出現する……。

○第六世代 : 2010年代デビュー

■オキシタケヒコ  一二年創元SF短篇賞候補作「What We Want」でデビュー。一四年にライトノベルの『筺底のエルピス』を開始。一五年『波の手紙が響くとき』を出版。
 酉島伝法らと同じく、創元SF短篇賞出身の新しい作家である。デビュー作の「What We Want」は関西弁の女船長が登場するユーモラスなスペースオペラだったが、その後の短篇は、ロボットアニメが世界を救う話や、太陽系を舞台にした本格的なハードボイルドSF「イージー・エスケープ」(これはぜひ続編を希望)など、バラエティに富んだ作品が書かれていて、作者が様々な引き出しを持っていることを明らかにした。中でもごく近い未来の日本を舞台にし、音響SFという新分野を開拓したシリーズ(一五年に『波の手紙が響くとき』にまとめられた)は傑作だ。音にまつわる謎を、ハードSF的な科学的・技術的ディテールを重ねて描きつつ、キャラクターへの思い入れや、地味ながらじわじわと高まる人間的な感動を交えて、さらにそれが結末にいたって壮大で本格的なSFへとつながっていく。また著者の初めての長編『筺底のエルピス』はライトノベルのシリーズで、現在までに二巻が出ている。高校生たちが主人公で、異能バトルの強烈なアクションがいっぱい、美少女たちの水着回もあるという、典型的なラノベ・テーストな作品だが、その設定には本格SFのアイデアがあり、その行き着く先はずっしりと重い。
『波の手紙が響くとき』  三人だけの零細企業、武佐音響研究所に、音に関わる謎めいた仕事が舞い込んでくる。失踪したミュージシャン、深夜の謎の声、それらはやがて進化の秘密へとつながる……。

 2015年11月


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