ショーン・ウィリアムズ&シェイン・ディックス/小野田和子訳
『銀河の覇者 銀河戦記エヴァージェンス3』 解説
大野万紀
ハヤカワ文庫
2005年1月31日発行
(株)早川書房
EVERGENCE A DARK IMBALANCE by Sean Williams and Shane Dix(2001)
ISBN4-15-011498-6 C0197(上)
ISBN4-15-011499-4 C0197(下)
お待たせしました!
本書は『太陽の闘士』、『星の破壊者』に続く〈銀河戦記エヴァージェンス〉三部作の最終巻、A DARK IMBALANCEの全訳である。オーストラリアの俊英二人組みによる銀河をまたにかけた壮大なスペースオペラが、いよいよ完結編を迎える。
前作での恐るべき危機を脱し、クローン戦士を追っていよいよソル星系を目指した主人公たちの一行は、はたして全ての謎を解き、銀河に安穏をもたらすことができるのだろうか・・・・・・。
でもその前に。
この三部作は、三巻でひとつの長編となっている。本書を初めて手に取ったという方は、まずは本書をレジに持っていった上で、前の二巻もぜひ探してほしい。本書だけでも楽しめないということはないが(用語集もついているし)、逆転また逆転の驚きを味わうためには、できれば最初から読んでいただきたいと思う。
というわけで、以下の解説には前巻までのネタばれを含みます。未読の方は、そこのところご注意願います。
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物語の舞台は五十万年後の銀河系。とんでもない遠未来だが、〈始原カースト〉と呼ばれる人類種族に属する主人公らは、われわれと大差ない姿形をし、同じような思考、同じような感情をもっている。人類はあまねく銀河に広がり、その発祥の地も忘れ去られて久しいが、いくつかの伝説は残っている。そのひとつがソル星系であり、今や全銀河の注目を集める焦点となっている。
そもそもの始まりは、主人公である帝国連邦(COE)の女性情報将校モーガン・ロシュが、謎のAIを輸送する任務を受けて航行中、敵国ダート・ブロックの艦隊に襲撃されたことだった。混乱の中で彼女は、数日前に救命カプセルで宇宙を漂っていたという記憶喪失の男、アドニ・ケインと知り合う。また、艦に同乗していたテレパスの少女マイーらを仲間にする。マイーはEP感覚をもち、人の意識を読んだり、操ったりすることのできる盲目の美少女だ。破壊された艦から何とか脱出し、降り立った囚人惑星シャッカで、彼女らに敵の追撃部隊が迫る。ロシュはこの惑星の地下組織と接触し、そこで全身をサイボーグ化した元傭兵のアメイディオ・ハイドが仲間に加わる。
仲間たちの中で一番の謎はもちろんケインだ。彼はすさまじい戦闘能力の持ち主だった。見た目は普通の人間だが、その遺伝子は改変され、明らかに何者かによって作り出された究極の戦闘機械といってよい存在だった。だが彼自身、自分の正体を知らない。宇宙空間をいつから漂っていたのかもわからない。想像を絶する長期間、何かの目的のために待機していたバーサーカーのようなものなのだろうか。しかし今、その指令コードは失われ、ケインはロシュたちの頼れる味方として力を発揮している。
もうひとつの謎は、ロシュが輸送していたAIのボックスである。ブリーフケースを通じてロシュと直接つながり、脳内で会話もできるこの人工知能は、相手のコンピュータを欺くことなどお手の物、どうやら〈高等人類〉のひとつであるクレッセンドと深い関係があるらしい。こいつもなかなかおしゃべりで、ロシュを助けてくれるのはいいが、肝心なところでははぐらかして、彼女を混乱させるのだ。
〈高等人類〉というのは五十万年の間に〈普通カースト〉の人類から枝分かれし、”超越”を果たしたとされる、ロシュたち〈始原カースト〉とはレベルの違う存在である。肉体を離れた情報のみの存在となっているのではないかと思われ、クラークの『幼年期の終わり』に出てくるオーバーマインドのような存在だ。彼らは他のカーストの争いには関わらず、まさに神のごとく超越しているのだが、その中でクレッセンドと呼ばれる種族は、けっこう普通の人間たちにも興味があるようで、人間が蟻の巣を観察するように、銀河の人々の動きに干渉してくる。ボックスはどうやらそのためのインターフェースなのではないかと思われる。
さて、囚人惑星を脱出したロシュたち一行は、敵の新鋭艦〈アナ・ヴェライン〉を奪取し、帝国連邦(COE)の指令本部へとんでもないやり方で帰還した。そこでケインがおよそ二千五百年前に滅ぼされた太陽(ソル)賛美運動が作り出したクローン戦士、ソル・ヴンダーキントではないかという話を聞かされる。彼と同じような人間を乗せたカプセルが、他の星系にも出現しているというのだ。彼らはたった一人でも一星系を滅ぼすことができるという、とてつもない戦士なのである。今、二千五百年前の復讐が果たされようとしているのだろうか。
ロシュは軍を離れ、〈アナ・ヴェライン〉を自分の艦として、仲間たちと共にこの謎に立ち向かおうとする。〈アナ・ヴェライン〉の艦長であるユーリ・カジクも仲間となった。カジクもまた普通の人間ではなく、手術で文字通り艦と一体化させられた、艦そのものといっていい存在だ。ここに銀河の平和を乱そうとする謎の勢力に対抗する、旅の仲間が勢ぞろいしたのだ。
彼らはケインの同類が現れたというパラシア星系へ向かう。ところが到着してみると、星系は巨大なエネルギー・シールドに覆われており、やがて恒星とともに消滅してしまうことがわかる。誰が何のためにこのようなことをしたのかもわからないまま、彼らはシールド内に侵入する。パラシア星系は破壊されていた。またマイーの能力がなぜか働かなくなってしまった。かろうじて生き残りがいた古代遺跡の研究ステーションには、好戦的な種族であるケシュ人たちがいた。またまた新たな戦いに巻き込まれたロシュたちだが、頼みのケインは無力化され、マイーの能力も使えない。ボックスもあいかわらず謎めいているし、頼りになるのはハイドだけ。星系内で採鉱に従事していた孤独な種族、アウトリガーと接触し、彼らの協力を得るが、残された時間はごくわずか。その中でステーションに押し入ってマイーとケインを救出し、生存者を連れて崩壊する星系から脱出しなければならないのだ。
ロシュと仲間たちは何とかその困難な任務をやってのける。だが、最後に現れたケインの同類、イェレナ・ハイディックは、恐るべき破壊を後に残してソル星系へと脱出してしまった。ロシュたちもその後を追ってソルへと向かう・・・・・・。
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そして、本書である。
前巻で、いったんわかったと思われたケインの出自やボックスの謎も再びあいまいさの霧に包まれてしまった。本書ではついにそれが明らかになるのだ。もちろん、注意深く読んできた読者には、いくつかのヒントから想像することが可能だったろう。しかし、ここにはまさに五十万年という時間と銀河系全体にわたる空間の広がりがあり、個々のキャラクターたちのドラマを越えた壮大な現代スペースオペラの魅力がある。そして、その謎が明らかになったとき、ロシュは恐るべき決断を迫られる。果たしてひとりの人間に、そのような決断ができるものなのだろうか。さらにその決断の結果として、またまた大きな逆転が待ち受けているのだ。
本書ではまさかと思うような出来事が次々と起こる。銀河系諸種族の艦隊が続々と終結している太陽系。あちこちで起こる戦い。誰が敵で誰が味方かわからない恐怖。われらが旅の仲間たちを待ち受けている驚くべき運命・・・・・・。本書の中でロシュが受ける仕打ちひとつとっても、まさかヒロインにここまでするかというようなもので、びっくりしてしまう。登場人物たちに感情移入して読むという人は、ちょっと心しておいた方がいいかも知れない。
だが、最後の最後でロシュが問う質問への答えこそ、本書が派手でにぎやかなスペースオペラであると同時に、紛れもない現代SFだという証拠になるのではないだろうか。そう、作者たちはグレッグ・イーガンと同じ国の、同時代の作家たちなのだから。
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作者たちの略歴などに関しては、第一巻の解説に詳しい。第二巻はディトマー賞、本書はオーリアリス賞と、地元オーストラリアのSF賞を受賞し、アメリカでの評判もすこぶるいい。作者のひとり、ショーン・ウィリアムズの中篇「バーナス鉱山全景図」は『90年代SF傑作選(上)』(ハヤカワ文庫SF)に収録されているが、本書と同様、独創的な設定をもった印象的な作品だった。SFとファンタジーだけでなく、作曲をしたり劇を書いたり、なんと俳句も詠むという多才な作者だが、シェイン・ディックスとのコンビは「21世紀のニーヴン&パーネル」とまで呼ばれているそうだ。これからもますます活躍が期待される作家たちであり、日本での翻訳紹介も進むことを望みたい。
2004年12月