ロバート・J・ソウヤー/内田昌之訳
 『スタープレックス』 解説  

 大野万紀

 ハヤカワ文庫SF
 1999年1月31日発行
 (株)早川書房
STARPLEX by Robert J. Sawyer (1996)
ISBN4-15-011257-6 C0197


 本書はロバート・J・ソウヤーの一九九六年の長篇 Starplex の全訳である。本書は(惜しくも受賞は逸したが)当年度のヒューゴー賞、ネビュラ賞の長篇部門候補作となって、ファンからもプロからも高い評価を受けた。
 わが国でもソウヤーの評価は非常に高い。異星の恐竜文明を描く〈キンタグリオ三部作〉の第一作『占星師アフサンの遠見鏡』Far-Seer(1992)はパソコン通信に専用の会議室が出来るくらい人気を集めたし、タイムトラベルを中心にとんでもないアイデアを山のように盛り込んだ『さよならダイノサウルス』End of an Era(1994)は、第二八回星雲賞の海外長篇部門を受賞した。さらにネビュラ賞受賞作である『ターミナル・エクスペリメント』The Terminal Experiment(1995)は、近未来を舞台にし、魂の存在を科学的に探求しようとする物語だが、SFファンだけでなく、ミステリや一般の読者の間でも評判になった。
 本書はそのソウヤーが、大宇宙を舞台にしてSFの楽しさを全面展開した、大娯楽宇宙SFである。と同時に、あっと驚くようなSF的アイデアをこれでもかとちりばめて、うるさ型のSFファンをもうならせる、ジェイムズ・P・ホーガンもびっくりの超ハードSFでもある。

 スタープレックスとは、人類とイルカ族、ブタに似た気性の荒いウォルダフード族、そして七つの要素からなるゲシュタルト生命体であるイブ族という四種類の知的生物が共同で築き上げた惑星連邦の、巨大な宇宙探査船である。直径二九〇メートル、七〇層のデッキに一千名の乗員をかかえ、五四隻の小型調査船の母艦ともなっている。その中には、イルカ族のために、小さな海まで用意されているのだ。
 人類はハイパースペースを発見し、光速を越えるスピードで宇宙を旅することができるようになった。しかし、その超光速をもってしても恒星間を渡るのは何年もかかる大事業だった。ところがある時、銀河系の半分を一瞬で横断してしまえるような、ショートカットと呼ばれる銀河系全体に張り巡らされたネットワークが発見された。その建造者が誰なのか、何のために作られたのかはわからない。だがそのネットワークを利用して、人類はウォルダフード族やイブ族といった異星人とも接触し、惑星連邦を築くこともできたのだ。
 その惑星連邦が新たなショートカットを探究し、異星文明とのファーストコンタクトをも行えるように建造したのが、科学調査船スタープレックスである。指揮官は人間の社会学者キース・ランシング。物理学部門の責任者はウォルダフード族のジャグ。生物学部門の責任者は人間のリサで、彼女はキースの妻でもある。
 彼らは今、とある星系で調査中、不思議な現象に遭遇していた。空気のない宇宙空間であるにもかかわらず、観測された星がまたたいているのだ!

 SFファンならこういう設定だけでもうわくわくしてくるでしょう。ここには過去の宇宙SFのおいしいアイデアがたっぷりと含まれている。一千人の乗員からなる巨大宇宙船での宇宙探査といえば、A・E・ヴァン・ヴォクトの『宇宙船ビーグル号』を思い起こす人も多いだろう。その内部が一枚岩ではなく、乗員間の反目や権力闘争があるといえば、ますますその印象が強まる(もっともソウヤーはそんなうっとうしいテーマはごくさらりと流している。彼の目はもっと外側を向いているのだ)。人類やイルカや異星人がいっしょに乗り込んで協力しているという面では、デイヴィッド・ブリンの『スタータイド・ライジング』を始めとするシリーズが連想される。また、いつ誰が作ったかもわからない、銀河を巡るショートカット・ネットワークといえば、これはフレデリック・ポールの『ゲイトウエイ』だろう。しかしそれよりも何よりも、本書を読んでおそらく誰もが思い浮かべるのは、〈宇宙大作戦/スタートレック〉シリーズに違いない。キース指揮官がカーク船長なのは明かとして、他のメンバーがそれぞれ誰に当たるのかを想像してみるのも面白いだろう。
 もちろん本書は〈スタートレック〉のパロディではないのだから、実際にそんな対応があるわけではない。ただスタープレックスのデッキの雰囲気、そこで交わされる会話のユーモア感覚などに、あのシリーズの影響が色濃く現れているように思えるのだ。

 さて、『さよならダイノサウルス』の後書きで、訳者の内田昌之氏は次のように書いている。この小説で解き明かされるおもな謎として――

 1.恐竜はなぜ絶滅したのか。
 2.恐竜はなぜあれほど巨大化できたのか。
 3.白亜紀と第三紀の境界になぜイリジウムの豊富な地層があるのか。
 4.恐竜の肉はうまいのか。

 さらに、

 5.火星はなぜ死の惑星になったのか。
 6.時間旅行はなぜ可能でなければならないのか。

 とつづく。これらの謎がどう解き明かされるか(本当にびっくりさせられること請け合いだ)は同書を読んでいただくとして、本書もそういう超ハードSF的アイデアではまったく負けていない。むしろ宇宙が舞台だけに、もっと遙かにスケールが大きくなっている。そこで、本書で解き明かされるおもな謎やアイデアをあげてみよう。

 1.銀河を巡るショートカット・ネットワークは誰が何のために建造したのか。
 2.惑星地球を宇宙から見ることによって世界の見方が変わるように、銀河系を外から見ることによって、異星人を含む世界観が変わるか。
 3.真空の宇宙空間でなぜ星がまたたくのか。
 4.ダークマターの正体とは何か。
 5.クォークは六種類しかないのか。あと二つあるとしたらどうなるか。
 6.宇宙の力は重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つしかないのか。あと二つあったらどうなるか。
 7.細胞が増殖できる限界回数(ヘイフリック限界)を越えることによって不老不死は可能となるか。
 8.惑星サイズの知的生命とのコミュニケーションは可能か。
 9.銀河の渦状肢はどうしてできたのか。
 10.金属を大量に含む緑色の恒星がなぜ存在するのか。
 11.宇宙の年齢と球状星団の年齢が矛盾するのはなぜか。
 12.百日咳バクテリアから進化した生物といっしょに昼食をとることは可能か。
 13.宇宙の質量が膨張・収縮の臨界質量とぴったり一致しているのはなぜか。
 14.この宇宙で人間原理はなぜ有効なのか。
 15.知的生命が不死を獲得したら、いったい次は何をするのか。

 本書の舞台は何十億光年という距離、百億年という時間を越えて広がっていく。スティーヴン・バクスターもびっくりというスケールだが、バクスターやグレゴリイ・ベンフォードやアーサー・C・クラークの遠未来SFに見られるような、そういう重厚さや哲学性はほとんどなく、すごくあっけらかんと物語は進んでいくのだ。ハードSFっぽいアイデアがたくさん出てくるが、ホーガンのように科学と空想の微妙なはざまで楽しむというより、一見ばかばかしいとすら思えるアイデアに、なるほどそうくるか、と素直に驚くのが正解だろう。本書で書かれていることが本当はどうなのか、科学的にどこまで正しいのか、興味をもたれた方はぜひ天文学や物理学の入門書を手にしてほしい。それにしても、ソウヤーは本書で先ほどの謎にすべて解答を与えているのである。これはもう、あなたが相当なハードSFファンであっても、負けたとしかいいようがないでしょう。
 ソウヤーの人気の高さは、まずその軽妙さにある。そしてどこか人間味があって温かい、おおらかな感覚。本書でも、非武装の宇宙船による激烈な宇宙戦闘が描かれるが、基本的に平和指向であり、異種族間の協調が繰り返し希求される。非バリオン生物の赤ん坊救出大作戦とか、中年となって夫婦の危機を迎えた主人公への心理カウンセラーをする不死のガラスマンとか、ユーモラスというか微笑ましいエピソードに満ちているのだ。登場人物はみんないいやつだし、最後はハッピーエンドだし、宇宙のさまざまな謎がすべて解決するし、とにかく楽しくて平和なのがとてもいい。

 ソウヤーの経歴については『ゴールデン・フリース』の山岸真氏の解説がある。『ターミナル・エクスペリメント』の解説では、作家の瀬名秀明氏がその作風について詳しく分析している。
 ソウヤーは一九六〇年生まれの生粋のカナダ人で、子供のころから恐竜や宇宙にあこがれ、SFファンとしても活発に活動していた。科学の専門家ではないが、ジャーナリストとして活躍し、ハイテク関係のレポートを書いたりしていた。九〇年の長篇『ゴールデン・フリース』Golden Fleece が出世作となり、以後毎年のように各賞の候補となるような作品を発表しつづけている。彼はまた、パソコン通信やインターネットでも熱心に活動しており、http://www.sfwriter.com/ に彼のホームページがある。

1999年1月


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