(SFマガジン 1985年12月号掲載)
アイスヘンジ Icehenge
キム・スタンリー・ロビンスン Kim Stanley
Robinson
大野万紀
八○年代以後の作家というと、本誌スキャナーでも山岸真氏や小川隆氏の領域に入るのだろうが、今回紹介するキム・スタンリー・ロビンスンは、クラリオン・ワークショップ出身で最後の『オービット』に短編を載せていたという、ほとんど七○年代していた人で(まあルーシャス・シェパードなんて人も似たようなものだけど)、ぼくにも何となく親しみのわく人です。
本書はそのロビンスンの八四年の作品(ただし『オービット』やF&SF誌に以前に載った作品を長編化したもの)。同じロビンスンの、前にスキャナーで紹介されていた『野生の岸辺』The
Wild Shoreは〈エース・ニュー・スペシャル〉の栄えある第一弾だったけれど、本書はそれほど評判になっているわけではない、ややマイナーな作品。でもなかなか良くできた〃文学的〃未来史SFです。冥王星の北極に発見された謎の氷の塔〈アイスヘンジ〉。古代の巨石建造物ストーンヘンジと同様、明らかに何者かが作り上げた人工の記念物である……とくれば、あまりにもありふれたSF的テーマのいくつかを思い浮かばせますが、本書の場合まったく違った角度からこのアイデアを扱っており、地味ではあるが読ませる話となっています。
時代は三〜五百年後の未来。人類は木星あたりまでの太陽系を開拓し、火星では惑星改造が進んで植民地ができている。人間の寿命は延び、二百才、三百才というのもまれではなくなった、そういう時代の話。
二二四八年、火星で大規模な反乱が勃発する。米ソと多国籍企業の傀儡である〃火星開発委員会〃に対し、自由を求める人々の起こした戦いだったが、最後は失敗に終わった。だが、そこには後の歴史からは隠されたひとつのエピソードがあったのだった。
それが、第一章で語られる〈エマ・ウェイルの手記〉である。エマ・ウェイルは天才的な生命維持環境のデザイナー。生態学的手法を駆使して宇宙船など閉鎖環境に生態系をつくりあげる技術者である。彼女の乗った宇宙船が反乱に巻き込まれる。もっともこの反乱は火星での大規模な反乱とは別の、人類は外宇宙へ出ていかねばならないと主張するグループによるものだった。彼女は彼らの計画の無謀さに反対するが、その夢には共感を覚える。彼らは恒星へと渡る宇宙船を作りあげていたのだ。彼女は協力して、その内部の生態系を超長期の旅行に耐えられるようにする。結局彼女は彼らと別れ、火星に戻るが、そこで今度は本当の反乱に巻き込まれてしまう……。
第二章はそれから三百年後の二五四七年。火星で発掘調査をしている歴史学者ジェルマー・ネーダーランドが主人公となる。彼は二二四八年の反乱で廃墟となったニュー・ヒューストンの発掘中に、エマ・ウェイルの手記を発見する。時を同じくして最初の冥王星探検隊からアイスヘンジ発見のニュースが届く。例によって異星人説やら太古の文明説やらが取りざたされるが、反乱の隠された歴史を知ったネーダーランドにとって、解は明白だった。すなわち、誰にも知られないまま星々へ飛び立った人々の、太陽系に残した最後の記念物である。彼のこの説ははじめ反発を受けるが、次第に受け入れられていく……。
第三章ではネーダーランドの孫のエドモンド・ドーヤが主人公となり、二六一○年のアイスヘンジ再調査が語られる。ドーヤはいまや定説となったネーダーランド説に疑問を抱き、さらにはエマ・ウェイルの存在すら疑いはじめたのだった。では一体誰が何時、何のために建設したものなのだろうか? 反乱の真実とは一体何だったのだろうか……?
というわけで、コンピュータのデータベースに記録された歴史、火星の土に埋もれた歴史、冥王星の北極に建造された歴史と、人の心の中にある歴史、そういう様々な歴史の真実とはというテーマが、未来的な道具立ての中で描き出されます。ロビンスンは、情報社会の未来に真の情報、真の歴史の死を見ているようです。それとは別に、惑星改造途上の未来の火星の描写が秀逸で、とりわけネーダーランドが火星の山中で一夜を過ごすシーンはじつに迫真的で印象に残りました。