内 輪   第100回

大野万紀


 ついにこの連載も100回です。バンザーイ。何とTHATTAの創刊2号から連載開始しているんですね。もっとも、最初はキース・ロバーツの『内輪』The Inner Wheelの翻訳プロジェクトだったわけで、それが挫折し、タイトルにひきずられて内輪な身辺雑記となり、書評エッセイとなって今に至っているわけです。THATTAの2号といったら、1983年6月発行なので、もう15年続いているんだねえ(ためいき)。ちなみに、2号の目次は、表紙が某女流作家の踏み絵(!)、翻訳連載がロバーツの『内輪』とデーモン・ナイトのアメリカSFファンダム史『フューチュリアン』(栗栖麻紀訳)、ジャック・ヴァンスの53年のスペオペ『宇宙海賊』(米村秀雄訳)、フィリップ・ホセ・ファーマーの66年のカーモディ神父もの『光の夜』(苑田卓じゃなかった濱保世訳)、そして本誌オーナー苑田卓のエッセイ『この一ヶ月読んだ本から』。こう書くとものすごいファンジンだと誤解されそうだなあ。これだけ全部載って、たった13ページというところから内容を想像してもらおう。

 8月29日〜30日は名古屋で第37回日本SF大会(CAPRICON1)が開かれました。
 土曜は8時半くらいに出発。でも、名古屋は近いな。新幹線の中で読もうと持っていった『レッド・マーズ』がほとんど読めなかった。関東・東北の大雨はこちらには影響ないみたい。さて、会場に着くと三村美衣さんとギターを抱えた菊池誠さんにあい、オープニングへ。菊池さんからは出来上がったばかりというTHATTA ONLINEのTシャツを渡され、さっそく着替える。なかなかいいじゃないですか。SF大会をオープニングから見るのは久しぶりだけど、あえて感想は略す。まあこんなもんでしょう。会場では、SFセミナー出張版の部屋とディーラーズルームを中心にうろうろする。しかし、けっこう広い会場なので、いつものSF大会の熱気があまり感じられないのが気にかかる。時刊新聞も配ってなかったし。ぼくはセミナーの部屋にほとんどいりびたっていたような気もする。「メイキング・オブ・SFオンライン」「辺境の電脳たち〜SF大会編」「日本SFの現状」「ライブ・スキャナー」などなど。いつもの人たちや久しぶりな人たちに出会ったけれど、ほとんど挨拶もせずぼへーっと座っていた。ギターを抱えた物理 学者はここにもいた(ちなみに菊池さんの前にいるのは牧眞司さんと山岸真さん)。ディーラーズでは柴野さんや堀晃さんや都築由浩さん、その他たくさんの人にお会いしました。堀さん、せっかく写真を撮らせていただいたのに、ぼくの安物のデジカメではピンぼけでちゃんと撮れませんでした(と、自分の腕のせいなのにカメラに責任転嫁する)。ごめんなさい。
 夜は古沢くんのヒルトンホテルの部屋で三村美衣の誕生パーティがあり、関係者多数で出かける。栄のイタリアンレストランに入り、パスタとピッツアの夕食。携帯で呼び合って、いつの間にか30人くらいにまで膨れ上がっていた。それがほとんどパーティになだれこむので、もう大変。本当は古沢くんの星雲賞受賞パーティも兼ねる予定だったのだが、『火星夜想曲』は13票差とかで『天使墜落』に破れ、残念会となりました。今日発売のi-MACをさいとうよしこと三村美衣が速攻で買ったとか、いろいろと盛り上がったパーティだった。写真もたくさん撮ったけれど、公開していいかどうかわからないので、ほしかったらメールで問い合わせて下さい>関係者の人。
 翌日も会場をあちこちとうろついたが、疲れていたのか、きのうほどは調子がでなかった。「ファースト・コンタクト・シミュレーション」の部屋を少し覗いたくらい(これはいつも面白い)。他には「SF大会の伝説を語る」という企画が、過去の裏話が多くて面白かった。ホールへ集まってのエンディングはファンジン大賞、星雲賞、暗黒星雲賞、次回SF大会の紹介と、比較的淡々と進んだ(コスチュームショーもなし)が、これまで会場に分散していた参加者が集合したせいか、SFファンのノリがあって大いに盛り上がった。ホンダP2の星雲賞受賞など、一番盛り上がったかも知れない。もっとゆっくりしたかったけれど、予定の4時を過ぎてしまったので、急いで会場を後にしたのでした。いつものことながら、大会関係者のみなさん、大変ごくろうさまでした。東京方面の人はこの後が大変だったらしい。どうもお疲れさまでした。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。


『神の目の凱歌』 ニーヴン&パーネル
 派手な宇宙戦争のすごいスペクタクルを期待していたのだが、想像していたのとはちょっと違った。戦争の緊迫感や恐怖というものがほとんど感じられず、スペクタクルには違いないのだが、どこかのテレビで見ているような、そんな感じ。これは人類とモーティの決定的な直接対決ではないからなのだろう。モーティ同士が消耗戦をやっても、どこか人ごとだからね。人類帝国の宇宙へ一隻も通してはいけないという緊迫感も、途中であっさりと裏切られてしまう。まあそれでも、どんどん宇宙船を改造しながらとんでもない追跡行をやってのけるモーティのすごさは感じられて、そういう面では面白かった。

『ベクフットの虜』 野尻抱介
 宇宙の運送屋さんの物語〈クレギオン〉の最新巻。昔のぼくが喜んで読んでいたSFってこういうのだろうな、と思いつつ、ただ一つどうしてもなじめないのが、こういうヤングアダルトもののお約束なキャラクター描写。この作者の場合、それは重要じゃないのはわかっているけど、物語に入り込む妨げになるんだよなあ。こういう性格でこういう会話をする、というのもアニメやマンガの定番だけど、どうもねえ。登場人物たちが、アニメ顔でしか思い浮かべることができない。実写でやったらどうしてもコメディになっちゃうでしょう。本書ではヒロインに問題ありだ。前半はまるっきり自立していない子供だし、結末は成長というよりわがままな衝動でしかない。じゃああの悩みはなんだったんだよ、と思うし、こんなお子さまに仕事させちゃあいけないと思うよねえ。それがオッケーな世界なんだろうな、ヤングアダルトの世界は。もちろん、SFの部分はとてもいい。イメージが宇宙的に広がるところも。ただし、これはSFではむしろ当たり前のイメージだから、その超越的な未知を印象づけるためにも、日常の描写にはリアリティが必要だったと思うのだ。

『地底大戦』 プレストン&チャイルド
 ニューヨークの地下にすむホームレスのもぐら人、そのさらに地下深くにすむ地底の怪物たち、かれらとの戦争が始まる――とくれば、いしいひさいちだよね。地上人をやっつけようとやたら好戦的な地底人と、そのさらに地下深くにすんで、「あーほー」とすべてをばかにしてしまう最低人。まあ、そういう話ではないのだが。SF的パニック小説というのか、ハリウッドSFXアクションというのか、何でもいいけど、面白ければそれでよし、ということだ。確かに映画を見るように面白く、楽しめる。結末など、どうしてこの人たちはやられないのか、と思ってしまうが、まあハッピーでよしとしよう。前半がけっこうおどろおどろしいのだが、後半、ちょっとストレートで単調になった気がした。ところで、原文ではたぶんイタリックなんだと思うが、字体を変えて印刷してある部分、ゴチックなんだけど太字じゃないので、地の文と見分けがつかない。これはちょっと気になった。

『マウント・ドラゴン』 プレストン&チャイルド
 解説にある「研究所小説」というのは面白い言い方だと思った。色んな物語が交錯しながら派手に進んでいく。いや面白かったし、満足ですよ。特に、主人公が途中まではこの手の話のステレオタイプではない(むしろ体制側)というのが面白いし、突然変異したインフルエンザ・ウィルスの恐怖と、それとは別の、ある意味でもっと怖い謎との二重構造が、これはなかなか新鮮だった。青酸カレーだけでも怖いと思ったら砒素も入っていたという感じ。かなりロマンティックな逃避行はいい感じだったが、もう一つの大きなストーリーであるサイバースペースの対決というのは、何だか蛇足な感じ。悪いとは言わないが、なくてもよかったと思う。特に結末はこれでいいのか? えーって感じ。まあいいけどね。ところで、印刷のフォントについては、こっちではちゃんと太ゴチックになっていた。これなら見やすい。

『エデンの炎』 ダン・シモンズ
 ダン・シモンズのハワイを舞台にしたホラー小説、ということなのだが、プレストン&チャイルドのホラー・パニック小説を続けて読んだ後では、なんかすごくのんびりしている感じ。やっぱハワイは楽園だからか、それとも実際の神話・伝説をベースにしたからか、と思っていたら、途中からわかった。なんだ、これってコメディだったんだ。悪役のはずの億万長者が、途中から何か憎めない奴に見えてきて、ガールフレンド三人が集合するに至っては大笑い。いや、何だかかっこいい奴に思えてきた。ヒロインはいかにもなヒロインなんだけど、もう一人のコーディがすごくいい味を出しているし。黄泉の国の幽霊たちも何だか楽しそうだし。もう一つの物語である、マーク・トウェインの冒険が面白い。こっちもユーモラスだ。ところで、ベースにあるハワイ神話だが、諸星大二郎っぽく描けば、もっとそれらしい話になったような気がする。日本神話をベースに日本を舞台にしてもいいかも知れない。

『ホログラム街の女』 F・ポール・ウィルスン
 シンプルでさくさくと読めるSFミステリー。ハードボイルドっぽい探偵は、何だかアニメにでも出てきそうな感じ。ブレードランナーっぽくもある。面白かったけど、子供をだしにするのはちょっとあざとい感じ。ジーンみたいな人がこれまで一人もいなかったのか、こういう事件がはじめてだったのか、そのあたりがちょっとね。まあ、特に文句もなく楽しめた。第二話の冒頭の描写はかなり肉体的な不快感があって、こたえる。鋭い紙で指を切るような、あんなドキドキと落ち着かない不快感。翻訳のおかげかも知れない。

『凍(いてづき)月』 グレッグ・ベア
 このタイトルは中に読みを入れるのが正式なんだろうな。長編というか長い中編というやつだ。読みやすくていい。実際、ベアのこのシリーズ『女王天使』『火星転移』に比べてずっと読みやすく、小説としてもできがいいように思う。ただし、こんなコンパクトにもかかわらず、直接結びつかない二つのテーマが無理に押し込められていて居心地が良くない。メインテーマは政治で、これは納得できるし、ストーリーも面白く読める。しかし、サブテーマのハードSF的な絶対零度テーマが、説明不足の描写不足で、しかもメインテーマとはかかわってこない。『火星転移』で重要な役割を示すったって、ここでは関係ないもんな。ベアのこういうところがどうももう一つと感じるところだ。

『サイバー戦争』 エリック・L・ハリー
 一部では話題だったので読んでみたが、なるほどコンピュータについて勉強はしているのがよくわかるけど、とにかくヒロインを始め登場人物がどいつもこいつも嫌な感じで、何を考えて行動しているのかさっぱりわからない不愉快な連中ばっかり。面白いテーマはあり、SF的な面も確かにあるのだが、とにかく読みにくいったらありゃしない。ハードじゃなくてもSFホラーとして楽しめるかと思ったのに、ぼくの好みにはあいませんでした。

『レッド・マーズ』 キム・スタンリー・ロビンスン
 ネビュラ賞受賞の話題作。大傑作という前評判だったのだが、実際に読んだ人から聞こえてくる話は、どうも読みにくいとか、キャラクターが嫌だとか、人間ドラマが読むに耐えない、とか、そんなのばっかり。確かにその通り、とぼくも思う。ぼくも読み終わるのにずいぶん時間がかかってしまった。SFにちっぽけな人間ドラマは不要だという、昔ながらの意見を思い出してしまうくらい……。いや、未来や異世界を舞台に、ごく日常的な人々のリアルな生活を描くようなSFがあってもいい。しかし、本書のような、歴史や文明がテーマの大河SF(最後は本当に“大河”SFとなるのだ)の登場人物には、もっと違った描き方がされてしかるべきだろう。このようなSFは「人間ではなく、人類を描く」べきなのだ。

 例えばこんな話はどうだろうか。あるところに、いくぶん理想主義的な理念で設立された会社があった。経営者も従業員もみな同じ理念の下で一生懸命働き、いつかそこそこの規模に成長した。そうなると、大資本が目を付け、いろんな思惑がはたらき始める。社員数も増え、一枚岩だった創業メンバーの中にも食い違いが目立ち始め、様々な軋轢が生じ、そしてついに内紛が火を噴き、それに外部の勢力が干渉し、ストライキが起こり、暴力団まで入ってくる。暴走するやつ、鬱病になるやつ、ひたすらうじうじ悩むやつ、いろんなドラマが起こり、ついには……。あれれ、何だか面白そうじゃないか。共感できる登場人物がいればこういう話もきっと面白いだろう。でもそれを惑星規模でやられてもねえ。

 ただ、そうはいっても、最終的に本書はやっぱり面白く、確かに傑作といっていいようにぼくには思えた。
 それはひとえに火星に関するこれでもかというくらいの迫真の描写のおかげである。もたもたして読みにくいといわれる上巻にしても、ナディア(理念ではなく、現実的な技術に生きる女性エンジニアの彼女は、本書の中で唯一、SFファンの共感を呼ぶことの出来そうなキャラクターである)とアルカディイの火星探査旅行の描写は実に美しく、まさしく現代科学に可能な限りのリアリティでもって、この地球とは異なる惑星が目の当たりにされる。それは下巻でも変わらず、テラフォーミング中の火星の風景や軌道エレベータの落下、そして数十億年前を思わせる想像を絶する大洪水などが、息を呑むような圧倒的な迫力で迫ってくる。特に開拓地が崩壊する戦争が勃発してからは、それまでの人間関係がほぼ御破算となり、事態が急激に進んでいくので、はるかに面白く読めるようになる。ずっと昔に読んだ、『アイスヘンジ』(未訳)でも、ロビンスンのすばらしくリアルな火星の描写に魅了された記憶があり(SFマガジンのスキャナーで書いたので、読んだ覚えのある人もいるだろう)、彼の他の作品でも火星に関して同じモチーフが繰り返し登 場していることを思えば、彼がどれだけ火星という惑星にとりつかれているか、わかるような気がする。それは、マクドナルドや、ベアや、フォーワードや、その他の作家が描く〈火星〉とは、いやNASAの科学者たちが思い描く火星とも、次元の違うパーソナルな夢の世界なのだろう。そういう意味ではむしろマクドナルドの火星の方が、ハードSFな火星よりも、作者のロマンに近いのかも知れない。
 最終的な評価という意味では、三部作がすべて邦訳されなければ下せないのだろうが、本書はこれだけでも、火星の夢を共有できるSFファンにとって必読の書だといえる。たとえ読みにくくて、投げ出したくなるような部分が多いとしてもだ。うっとおしいところなんか、読み飛ばしてしまってもいっこうにかまわないと思う。
 しかし、キャメロン映像化決定、ってどういうことなんでしょうね。本当だったらすごいかも。


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